ラチン県

ラチン県：歴史と紛争の地

ラチン県は、アゼルバイジャンの西部に位置する山岳地帯です。カラバフ地方のザンゲズル地方に属し、豊かな自然環境と農業、酪農が盛んな地域として知られています。県都はラチン市で、首都バクーから陸路で約450km離れています。

ラチン回廊の重要性

ラチン県には、アルメニアと旧ナゴルノ・カラバフ自治州を最短距離で結ぶラチン回廊が存在します。この回廊は、ナゴルノ・カラバフ自治州がアルメニアの支援を受けてアルツァフ共和国として独立を宣言した際、その重要性から1992年にアルメニア軍によって占領されました。以後約28年間、ラチン県全域はアルツァフの実効支配下に置かれ、アグジャバディ県に県政府が設置されました。

2020年の停戦協定により、ラチン回廊を除く大部分がアゼルバイジャンに返還され、再びアゼルバイジャンの統治下に入りました。

歴史的背景

ラチンという地名は、「誇り」を意味し、県都近くの山に由来しています。1924年に市へ昇格したことを記念して、作家のTağı Şahbazi Simurğによって命名されました。それ以前はAbdallarと呼ばれていました。

古代には、アルメニア王国やアトロパテネ王国の領土の一部として人が居住していました。県内には紀元前の芸術作品や中世に建てられた城や橋などの歴史的建造物が多数存在し、その数は国が認定したものだけで200を超えます。近代では、カラバフ・ハーン国、ロシア帝国エリザヴェトポリ県に属し、ソビエト連邦成立後は、アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国の一部となりました。

1930年にラチン県が設置されましたが、ソビエト連邦末期にはナゴルノ・カラバフ自治州を巡るアルメニアとアゼルバイジャンの紛争が激化しました。

ナゴルノ・カラバフ戦争とラチン占領

1992年5月18日、アルメニア軍はラチンに侵攻し、支配下に置くことに成功しました。この過程で、多くの歴史的建造物が被害を受け、アゼルバイジャン人の住民は殺害されるか、国内避難民として県外へ避難を余儀なくされました。ラチン県は、自治州外で初めてアルメニア勢力に占領された地域となり、この出来事はアゼルバイジャンの国民に大きな衝撃を与え、当時の大統領であったアヤズ・ムタリボフが辞任に追い込まれる要因となりました。その後、県はアルツァフ共和国のカシャタグ地区の一部となり、アルメニア人の入植が進みました。

2020年紛争とアゼルバイジャンへの返還

2020年9月末から始まったナゴルノ・カラバフ紛争では、アゼルバイジャンが優位に立ち、停戦協定により同年12月1日にラチン県がアゼルバイジャンへ返還されることが決定しました。ただし、ラチン回廊はロシアの平和維持軍の管理下に置かれ、アルメニアとアルツァフ間の交通を監視することになりました。

行政区画

ラチン県は、1つの市（ラチン）、1つの都市型集落（Qayğı）、そして125の村から構成されています。

住民構成

2009年の国勢調査によると、ラチン県の総人口は69,087人でした。民族別の内訳は以下の通りです。

アゼルバイジャン人：66,671人（約97%）
クルド人：1,914人
トルコ人：464人
ロシア人：28人
* その他：10人

ただし、この国勢調査はアルツァフの実効支配下で行われたものであり、実際の住民構成とは異なる可能性があります。アルツァフが2005年に実施した国勢調査では、カシャタグ地区の総人口は9,763人で、ほぼ全員がアルメニア人でした。紛争前の1979年のソ連国勢調査では、総人口は47,261人で、アゼルバイジャン人が約95%を占めていました。

クルド人の存在

ラチン県には、ソビエト連邦時代からクルド人が一定数居住していました。連邦成立後の数年間はクルド人の行政区画であるクルディスタン郡（赤クルディスタン）が設置されていました。

1992年5月20日には、一部のクルド人によって「ラチン・クルド人共和国」の建国が宣言されました。これはアルメニアの提案によるものでしたが、実際には多くのクルド人が紛争によって避難しており、共和国は自然消滅しました。この20世紀に2度行われたクルド人の自治計画は、ソビエト連邦やアルメニアによって政治利用されたという見方も存在します。

ラチン県は、その複雑な歴史と民族構成から、常に紛争の舞台となってきました。アゼルバイジャンへの返還後、地域の安定と復興が望まれています。

もう一度検索