ラドゥ・ルプ

ルーマニアに生まれたピアニスト、ラドゥ・ルプ（Radu Lupu、1945年 - 2022年）は、その深い叙情性と内省的な演奏で世界中の聴衆を魅了しました。日本ではしばしば「ラドゥ・ルプー」とも表記されますが、本来のルーマニア語の発音では末尾の音節は短く「ルプ」となります。

ルプはガラツに生を受け、少年期にピアノの手ほどきを受け始めました。1959年にはブカレスト音楽院で高名なフロリカ・ムジチェスクに師事し、ピアニスト、ディヌ・リパッティと同じ師事関係を結びました。その後、1960年から1968年にかけてモスクワ音楽院に留学し、スタニスラフ・ネイガウスのもとで研鑽を積みました。この時期に培われた技術と音楽性が、その後の輝かしいキャリアの基盤となります。

彼の名は、国際的なコンクールでの連続優勝によって広く知られるようになりました。1966年の第2回ヴァン・クライバーン国際コンクール、1967年のジョルジュ・エネスク国際コンクール、そして1969年のリーズ国際ピアノ・コンクールでいずれも優勝を果たしています。

特に話題となったのは、ヴァン・クライバーン国際コンクールで副賞として得られたアメリカでのコンサート契約を全て断り、ルーマニアへ帰国したことでした。この行動が当時のソ連当局の意向によるものかは定かではありませんが、大きな注目を集めました。このため、アメリカでの演奏活動は一旦遠ざかりましたが、リーズ国際コンクール優勝を機にデッカ・レーベルと契約。その録音を通じて得られた名声により、改めてアメリカデビューを果たすという、異例の道を辿りました。

1969年11月のロンドンでのリサイタルを成功させたことを契機に、ルプはイギリスを活動拠点として、国際的なキャリアを本格的に展開します。1972年にはアメリカでデビューし、1978年には権威あるザルツブルク音楽祭にも出演するなど、世界の主要な舞台で演奏を披露しました。日本へも1973年以降、度々来日していましたが、体調不良による影響も多く、2010年代には演奏会当日に医師の指示で帰国せざるを得なかったこともありました。

ロンドン・デビューの際に地元紙から「千人に一人のリリシスト（叙情家）」と評されたその演奏は、以降、ルプを形容する言葉として広く使われています。彼の演奏は、技巧的な華やかさよりも、作品の内面に深く迫る抒情性、自然な息遣い、そして温かみのある音色に特徴がありました。

録音活動も活発に行い、主にデッカ・レーベルから多くのアルバムがリリースされました。ベートーヴェンのピアノ・ソナタや協奏曲、シューベルトのソナタや即興曲、ブラームスの後期小品、シューマンの「クライスレリアーナ」や「子供の情景」などが代表的な録音として挙げられます。ヴァイオリニスト、シモン・ゴールドベルクとのモーツァルトやシューベルトのヴァイオリン・ソナタ集は、この分野の定番録音として知られています。また、マレイ・ペライアとはピアノデュオでモーツァルトを、ダニエル・バレンボイムとはシューベルト作品集を録音するなど、他の音楽家との共演も行っています。

2022年に逝去するまで、ルプは一貫して自身の音楽性を追求し続け、多くの人々に感動を与え続けました。その独特な経歴と、時代を超えて愛される抒情的な演奏は、クラシック音楽史において特別な光を放っています。

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