ディヌ・リパッティ

ルーマニアが世界に誇る音楽家、ディヌ・リパッティは、ピアニストそして作曲家として、後世に語り継がれる輝かしい足跡を残しました。1917年3月19日、音楽の都ブカレストに生を受けた彼は、わずか33年という短い生涯ながら、その非凡な才能で多くの人々を魅了しました。

音楽的な環境で育ったリパッティは、早くからその才能を開花させました。ブカレスト国立音楽大学では、名教師フロリカ・ムジチェスクにピアノの手ほどきを受け、その基礎を築きます。さらなる研鑽のためパリに渡り、エコールノルマル音楽院でアルフレッド・コルトーにピアノを、ポール・デュカスに作曲を師事しました。彼が生まれた際に名付け親となったのは、ルーマニアを代表する偉大な作曲家、ジョルジェ・エネスクでした。

ヨーロッパ各地での演奏活動を展開していたリパッティですが、第二次世界大戦の勃発と激化は彼の人生を大きく変えました。1943年、彼は婚約者のマドレーヌ・カンタクジノと共にストックホルムへの演奏旅行に出ますが、戦時下の情勢によりそのまま故郷ルーマニアに戻ることは叶いませんでした。1944年からはスイスに拠点を移し、活動を続けました。

リパッティのピアノ演奏は、その唯一無二の透明な音色と、ピアノを最大限に歌わせる深い表現力が特徴です。彼の奏でる音楽は、純粋そのものでありながら、極限まで磨き上げられた洗練されたピアニズムを備えており、古今を通じて比類なきものと評されています。彼は特にショパンやモーツァルトの作品を得意とし、中でもショパンのワルツ全集の録音は、今日でも多くの音楽ファンにとってかけがえのない名盤とされています。この録音にまつわるエピソードとして、完璧主義者であったリパッティが、14曲すべてのOKテイクを得るために、実に丸9日間を費やしたことが知られています。

ピアニストとしての輝かしい才能に加え、リパッティは作曲家としても重要な作品を残しています。アルベール・ルーセルやナディア・ブーランジェといった名だたる作曲家から教えを受け、オーケストラのための組曲『ツィガーヌ』や、ピアノと室内オーケストラのための『古典風なコンチェルティーノ 作品3』、さらには『ルーマニア舞曲集』などを作曲しました。自身の作品を自ら演奏し、録音も残しています。

私生活では、彼の晩年、母が病状悪化を知りスイスへ見舞いに訪れた後、そのまま故国に帰れず亡命するという出来事がありました。また、弟のヴァレンティン・リパッティは、大学でフランス文学を教えた後に外交官として活躍しています。

惜しまれながら、リパッティのキャリアは病によって突然幕を閉じます。彼はホジキンリンパ腫という難病と闘っていました。1950年9月16日、ブザンソン音楽祭でのリサイタルが、彼の公の場での最後の演奏となりました。そして、同年12月2日、スイスのジュネーヴ郊外で、わずか33年の生涯に幕を閉じました。彼の死因はかつて白血病と言われることもありましたが、実際にはホジキンリンパ腫であったことが明らかになっています。

短い流星のような生涯ではありましたが、ディヌ・リパッティが残した芸術は、今もなお多くの人々の心に深く響いています。彼の演奏、そして作曲は、時代を超えて輝き続け、クラシック音楽史における不滅の存在としてその名を刻んでいます。

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