ラ・グランジュ (俳優)

ラ・グランジュ

ラ・グランジュ（La Grange、本名シャルル・ヴァルレ、1635年頃生 - 1692年3月1日没）は、17世紀フランスを代表する俳優の一人であり、特に劇作家モリエールが率いた劇団において、中心的な役割を担いました。単なる舞台人としてだけでなく、劇団の運営にも深く関わり、後世に貴重な記録を残したことで知られています。

幼少期と家族

シャルル・ヴァルレは、エクトル・ヴァルレとマリー・ド・ラ・グランジュの息子として生まれました。両親は1634年頃にパリで結婚し、その後モンペリエへ移住し、そこで2人の子供をもうけています。兄アシル（1636年12月17日生）と妹ジュスティーヌ＝フランソワーズ（1638年5月14日生）です。シャルルの正確な生年は明らかではありませんが、1639年の終わりか1640年の初頭に生まれた可能性が高いと考えられています。1642年頃、一家はパリに戻りますが、間もなく両親を失い、シャルルと兄妹は孤児となりました。

モリエール劇団での活躍

1659年、地方での長期巡業を終え、パリに戻ってきたばかりのモリエール劇団に入団しました。若く魅力的な俳優だったラ・グランジュは、当初は主に主役、特にモリエール作品においては劇中の追従者といった役柄を演じました。初期の役柄については、チャールズ・ディケンズ・ジュニアによって「登場人物の中で最も退屈な役」と評されたこともあります。しかし、彼は後にラシーヌの悲劇『アレクサンドル大王』やモリエール自身の『ドン・ジュアン』で主役を演じるなど、幅広い役柄をこなす実力派俳優へと成長しました。

俳優としての活動に加え、ラ・グランジュは劇団の記録係、そして会計係としても重要な役割を果たしました。彼は劇団のすべての公演の興行成績を詳細に記録し、さらにモリエールや他の劇団員に起こった出来事など、劇団の運営に関わる様々な事項を書き留めました。彼が残したこの綿密な「帳簿」は、当時のフランス演劇史や社会状況を知る上で極めて貴重な一次史料となっており、多くの研究者にとって不可欠な文献となっています。また、1664年頃からは、モリエールに代わって舞台に上がり、観客に向けて演目の紹介や口上を述べる「口上師（Orator）」も務めるようになりました。

結婚と家族

1672年4月25日、彼は同じモリエール劇団の女優であったマリー・ラグノー（1639年5月18日生 - 1727年2月2日没）と結婚しました。マリーは、モリエール作品『才女気取り』で小間使い役を演じて以来「マロット」として知られるようになり、劇団内での地位を確立していきました。彼女の父シプリアン・ラグノーはパティシエであり、後にエドモン・ロスタンの戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』にも登場する人物のモデルとなったことでも知られています。

ラ・グランジュとマリーの結婚後、彼女もモリエール劇団の正式な一員となりました。そして、1680年にルイ14世の命令によって設立されたフランス国立の劇団「コメディ・フランセーズ」が誕生した際、マリーは夫ラ・グランジュ、そして義理の兄弟にあたるアシル・ヴァルレ（ヴェルヌイユの名で活動）と共に、その創立メンバーの一人に名を連ねています。

モリエール没後の貢献

1673年にモリエールが死去した後、パレ・ロワイヤル劇場が作曲家ジャン＝バティスト・リュリに譲渡され、モリエール劇団は本拠地を失うという困難に直面しました。この危機的な状況において、ラ・グランジュは劇団の立て直しに奔走し、新たな拠点としてゲネゴー劇場を確保することに尽力しました。1680年、国王の意向により、モリエール劇団とブルゴーニュ劇場の一部の俳優が統合されてコメディ・フランセーズが創立されると、ラ・グランジュは新劇団においても引き続き口上師を務めるなど、中心的な役割を担いました。

また、ラ・グランジュの最も大きな功績の一つに、『モリエール全集』の刊行があります。モリエールは亡くなる際に、未亡人アルマンド・ベジャールに自身の戯曲原稿を託し、出版を依頼していました。ラ・グランジュはアルマンドからの依頼を受け、モリエールの遺稿を収集・整理し、1682年に全集として世に送り出しました。この全集には、彼自身が執筆した詳細な序文が付されており、モリエールの生涯や作品について知る上で非常に価値のある資料となっています。彼は俳優としてだけでなく、劇団の記録者、運営者、そしてモリエールの遺志を継ぐ編集者として、フランス演劇史に多大な貢献を残しました。

もう一度検索