ラ・ムスメ

ラ・ムスメ：ゴッホが描いた異国情緒

フィンセント・ファン・ゴッホが1888年7月に制作した「ラ・ムスメ」（フランス語: La Mousmé）は、南仏アルルで描かれた肖像画です。この作品は、ゴッホが日本の少女のイメージを投影したことで知られ、彼の独特な色彩感覚と感情表現が際立っています。

制作背景

1888年2月、ゴッホはパリからアルルに移住し、精力的に制作活動を行っていました。「郵便夫ジョゼフ・ルーラン」や「ズアーブ兵」など、数々の名作がこの時期に生まれています。「ラ・ムスメ」は、その年の7月末に制作されたことが、ゴッホの手紙から明らかになっています。おそらく、7月18日から25日までの1週間で描かれたと考えられています。

7月29日、ゴッホは友人の画家ベルナールに宛てた手紙で、この絵について次のように述べています。

「私はちょうど、ムスメという名の女の子を描き終えたところだ。ムスメは、日本の女性、女の子のことだ。」

また、同じ日に弟テオに宛てた手紙では、

「君はきっと気に入ると思うよ。私はこの絵を気に入っている。顔は注意深く描いたけれど、それ以外のところは荒っぽく仕上げたんだ。」

さらに、妹ヴィルにもこの絵について次のように説明しています。

「これはムスメ、つまり日本の女の子だ。青とオレンジの対比が美しいだろう？」

ゴッホは、ピエール・ロティの小説『お菊さん』を読み、「ムスメ」という言葉を知りました。彼は、アルルの少女をモデルにしながらも、日本の少女のイメージを重ねてこの絵を描いたのです。

ゴッホが読んだ『お菊さん』には、「ムスメ」について次のように説明されています。

「（前略）musmée, jeunes filles au service des maisons (musme)。(musme)は、家の手伝いをする若い娘のことである。」

絵画の特徴

「ラ・ムスメ」のモデルとなった少女は、青とオレンジという補色関係にある服を着ています。この鮮やかな色彩のコントラストが、絵画全体の印象を強くしています。背景は淡い緑色で、水平方向と垂直方向に筆の跡が残り、格子状に見えます。この背景に対して、太いストライプと変わった水玉模様が浮かび上がっています。

顔の部分は他の部分に比べて丁寧に描かれており、ゴッホのモデルへの共感が感じられます。しかし、両手はラフに描かれており、顔との対比が際立っています。少女が手に持っている花は、キョウチクトウであるとされ、自然の生命の循環と再生に対するゴッホの信念を表していると考えられています。ゴッホは、1889年の手紙で「キョウチクトウ、ああ、それは愛を語る」と述べており、キョウチクトウに特別な意味を見出していたことがわかります。

作品の変遷と来歴

ゴッホは、完成したばかりの「ラ・ムスメ」を、パリの弟テオに送ることにしました。1888年8月頃、ミリエ少尉に託し、テオの元へ運ばれたと考えられます。

1888年9月3日の手紙で、ゴッホはテオに、送った習作はまだ乾いていないため、できる限り空気にさらすようにと依頼しています。また、「若い少女の肖像」を、特に気に入っていると述べています。

後に、テオの妻ヨハンナ・ファン・ゴッホ＝ボンゲル（ヨー）がこの絵を相続し、1905年の回顧展に出品しました。1909年には、画商コル叔父を通じて、カール・シュテルンハイムに売却されました。

その後、画商や収集家の手を経て、1929年にニューヨークの収集家チェスター・デールが購入しました。同年にニューヨーク近代美術館に貸し出され、1931年には「マドモアゼル・ガシェの肖像」として出品されましたが、これは誤りであると考えられています。

1963年、デールの遺贈により、ナショナル・ギャラリーがこの作品を収蔵し、現在に至っています。

素描

「ラ・ムスメ」には、3点の素描が残されています。1点は、油絵をもとに描かれ、ゴッホが友人の画家ジョン・ピーター・ラッセルに送ったもので、現在はロンドンにあります。もう1点は、ベルナールに送られたもので、プーシキン美術館に収蔵されています。最後の1点は、ポール・ゴーギャンに送られたもので、ルーヴル美術館に収蔵されています。

これらの素描は、ゴッホが「ラ・ムスメ」に込めた思いと、彼の制作過程を理解する上で貴重な資料となっています。

まとめ

「ラ・ムスメ」は、ゴッホが異文化に触れ、自身の内面を表現しようとした意欲的な作品です。鮮やかな色彩と大胆な筆遣いは、彼の独特なスタイルをよく表しています。この絵は、ゴッホの肖像画に対する情熱と、自然や生命に対する深い洞察を伝えてくれるでしょう。

ゴッホは肖像画に無限の可能性を感じており、その情熱が「ラ・ムスメ」にも込められています。この絵は、単なる肖像画にとどまらず、ゴッホ自身の内面世界を映し出す鏡のような存在と言えるでしょう。

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