リック・オバリー

リック・オバリー（Richard (Ric) O'Barry, 1939年 10月14日 -）は、アメリカ合衆国の海洋哺乳動物専門家であり、著名な保護活動家です。かつてはイルカの調教師として活躍しましたが、現在はイルカの解放と保護を訴える活動にその人生を捧げています。現在、フロリダ州マイアミを拠点とし、長年にわたりイルカの権利保護に関与しています。

彼は自然保護団体「アース・アイランド・インスティテュート」で海洋哺乳動物の専門家を務める傍ら、「日本のイルカを救おう」のディレクターとしても活動しています。特に、日本のイルカ漁に批判的な視点から描かれたドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』では、本人役として出演し、その活動が広く知られることとなりました。一時期、シーシェパードの顧問会議に名を連ねていましたが、後にその関係を解消しています。

調教師から活動家へ

米国海軍を除隊後、オバリーは1960年代にフロリダ州のマイアミ・シーアクアリウムでイルカの訓練を始めました。この水族館勤務中、彼は世界的にヒットしたテレビドラマ『わんぱくフリッパー』でイルカの調教を担当。この番組を通じて、イルカの知性や愛らしさが世界に広まりました。番組の成功はオバリーに多大な経済的利益をもたらし、彼は後にその時期を「まさに黄金の日々だった」と振り返っています。

しかし、転機が訪れます。『フリッパー』に出演していた5頭のハンドウイルカのうちの一頭、キャシーが死亡したのです。疲労や撮影用照明の熱による皮膚の炎症、ストレスが原因とされましたが、オバリーはキャシーが「自ら呼吸を止めて命を絶った」と受け止めました。『フリッパー』によってイルカショーが世界中で始まり、イルカの捕獲が増加したのだと考えたオバリーは、強い自責の念に駆られました。この出来事が彼の人生を決定的に変え、以後、自らの過去の行いを償うため、イルカを救うことに全力を尽くすことを誓ったのです。

イルカ解放への取り組み

1970年の第一回アースデイに合わせて、オバリーは「イルカ・プロジェクト」を立ち上げました。このプロジェクトの当初の目標は、研究施設や商業施設で飼育されているイルカを自然に還すことでした。1989年には営利団体「ドルフィン・プロジェクト・インク」を設立し、これまでに850匹以上の研究対象となったハンドウイルカの捕獲に関わった経験を活かしています。オバリーは世界中の水族館に収容されているイルカに関する詳細なリストを作成しており、イルカの捕獲や飼育産業の現状について、自身の調教師時代の経験や同僚からの情報に基づいた複数の著作を出版しています。

彼のイルカ保護への貢献は認められ、1991年には世界各地での講演活動などを通じて、イルカ監禁の悪影響を訴えたことが評価され、国連環境計画の米国委員会から環境功労賞を受賞しています。一方で、その活動は時には法的な問題に直面することもありました。1996年には米国海軍のイルカ2頭を許可なく解放したとして、仲間と共に連邦政府から59,000ドルの罰金支払いを命じられています。2001年には世界動物保護協会（WSPA）のコンサルタントとして、グアテマラでのイルカ解放計画に関わる一方、カリブ海のリゾートで人気となっていた「イルカと泳げる」サービスに対しても批判的な姿勢を示しました。

日本におけるイルカ保護活動においては、2010年に日本の法律の下では「単なる犯罪者」と見なされる可能性があるため、故意に逮捕されるような行為は行わないと述べています。同年9月には、日本のアメリカ大使館を通じて、151の国と地域から集められた約170万人分のイルカ漁中止を求める署名を提出し、日本政府に働きかけるよう要望しました。また、日本外国特派員協会での会見では、日本の漁業者との対話を望む姿勢を示し、「反日ではない」と強調、シー・シェパードとの連携についても否定的な見解を示しました。しかし、同年11月に太地町で行われた意見交換会に出席予定だった際には、町側の説明に対して一方的に反発し、抗議活動を行うなど、感情的な言動も見られました。

2015年8月に訪日した際には、伊東市の元イルカ漁師を訪問後、SNS上で同市の親善大使に任命されたと公表しましたが、市側から事実無根であると否定され、抗議を受けました。これにより写真などの削除には応じたものの、この件に関する説明や謝罪は行われませんでした。同年同日夜には那智勝浦町で旅券不携帯により現行犯逮捕され、数日後には太地町内でレンタカーによる自損事故を起こしています。2016年1月には「観光目的」での訪日を試みましたが、前年の来日時にイルカ保護関連の集会への出席を否定していたにも関わらず実際には出席していたことが原因とみられ、虚偽申告の疑いにより成田国際空港での入国を許可されませんでした。これに対しオバリーは異議申し立てを行いましたが、却下されています。

ドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』

オバリーの活動を世界に広く知らしめたのが、ルイ・シホヨス監督による長編ドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』（2009年）です。この映画で彼は自身の役で主演しました。シホヨスとの出会いは、オバリーが講演を予定していた海洋会議でした。会議のスポンサーであった水族館がオバリーの講演を直前にキャンセルしたことに疑問を持ったシホヨスが彼に接触したのがきっかけです。オバリーはシホヨスに自身のイルカ解放活動について説明し、日本の太地町で毎年行われる伝統的なイルカの「追い込み漁」の存在を伝えました。太地を訪れた二人は、追い込み漁が行われる入り江が日本政府によって国立公園内に指定され、立ち入りが制限されていることを知ります。

映画の製作にあたり、オバリーらは厳選された撮影チームと共に、イルカ漁の現場を秘密裏に撮影する方法を模索しました。映画では、イルカ漁が巨額の産業であること、日本政府が腐敗している可能性、そしてイルカ肉に含まれる高濃度の水銀が健康被害を引き起こす危険性があるといったメッセージが伝えられています。しかし、この映画には事実と異なる演出が多いことが指摘されており、例えばオバリーが映画中でイルカを捕獲した網を切るシーンについても、ハイチでの出来事を編集して用いたものであるとオバリー自身が認めています。

映画の中でオバリーは「実際のところ、イルカ肉は毒だ。イルカ肉に含まれる水銀の量は、水俣病を引き起こした魚に含まれていた水銀の量を上回る。日本の新聞やテレビの報道がこれまで成し得なかったことを、このドキュメンタリー映画が成し得ることを望む」と語り、日本のイルカ漁とその消費に対する強い批判を展開しました。

その他の活動と評価

八木景子監督による、捕鯨問題を描いた日本人監督のドキュメンタリー映画『ビハインド・ザ・コーヴ〜捕鯨問題の謎に迫る〜』（2015年）では、インタビューに応じ、太地町への来訪が外圧をかける目的であることを明確に述べています。

彼の活動は賛否両論を呼んでいます。イルカ漁を取材した経験を持つ作家の川端裕人氏は、「日本のイルカを救おう」におけるオバリーの主張に対し、日本のイルカ漁が抱える問題点（過去の負の遺産、飼育個体の高い死亡率、イルカ肉の高水銀値など）を認めつつも、『ザ・コーヴ』を含むオバリーのイルカ漁を「悪そのもの」と断定するような姿勢や、異なる意見に対する不寛容さを批判しています。

リック・オバリーは、一貫してイルカの解放と保護を訴え続け、その活動は多くの人々に影響を与えていますが、特に日本におけるイルカ漁問題に関しては、複雑な背景を持つ議論の中心人物の一人となっています。

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