リリ・ブーランジェ

リリ・ブーランジェ（1893-1918）は、24歳という短い生涯を駆け抜けたフランスの作曲家です。卓越した才能を持ちながらも病に苦しめられ、その創作活動と人生は持病との絶え間ない闘いでした。

豊かな音楽的血筋と病弱な体

マリー＝ジュリエット・オルガ・リリ・ブーランジェとして生まれた彼女は、音楽的な才能あふれる家庭環境に恵まれました。祖父はチェリスト、祖母は歌手、父エルネストはオペラ作曲家であり、パリ音楽院で声楽教師を務めた人物です。母ライサはロシアの公爵令嬢で、父とはパリ音楽院で師弟関係にありました。姉は後に高名な音楽教師となるナディア・ブーランジェです。しかし、この音楽一家にあっても、リリの体は生まれつき病弱で、幼い頃から医師によって短命が予言されていました。ブーランジェ夫妻の子供で健康に恵まれたのはナディアだけだったのです。

幼き日の非凡な才能

虚弱な体質にもかかわらず、リリは2歳頃から驚くべき才能を示し始め、家族から徹底した英才教育を受けました。特に音楽的な能力は突出しており、語学力に加え、初見演奏に優れ、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ハープなど複数の楽器を巧みに演奏しました。

パリ音楽院での学び

4歳になる頃には、すでに姉ナディアの授業に付き添ってパリ音楽院に出入りし、音楽知識を貪欲に吸収していました。後に正式な学生となり、オルガンをルイ・ヴィエルヌに師事。作曲と音楽理論は、最初は姉ナディアから、続いてポール・ヴィダル、ジョルジュ・コサード、そして高名な作曲家ガブリエル・フォーレに学びました。フォーレはリリの父エルネストと親交が深く、幼いリリを可愛がっていたと言われています。エルネストの死後は、フォーレはブーランジェ姉妹にとって父親のような存在となりました。

ローマ大賞受賞と作品の特徴

1913年、リリはカンタータ『ファウストとエレーヌ』でフランス音楽界最高の栄誉とされるローマ大賞を受賞しました。これは、かつて4度にわたりローマ大賞を目指しながらも受賞に至らなかった姉ナディアの無念を晴らす快挙であり、姉妹の深い絆と協力があってこそ成し遂げられたものでした。

リリの作品は、その色彩豊かな和声と巧みな楽器法、そして歌詞への繊細な曲付けによって高く評価されています。同時に、幼くして父を亡くした経験や、自らも常に病と死の影に脅かされていたことから、作品には喪失感や不安、悲哀といった感情が深く刻まれています。フォーレやドビュッシーからの影響が見られる一方で、その独創性は高く、後の作曲家、例えばアルテュール・オネゲルにも影響を与えたと言われています。

病との闘い、そして最期

リリの人生は、2歳で発症した免疫系の疾患に始まり、最終的に腸結核（現在のクローン病に相当）を併発するまで、常に病に苦しめられました。ローマ大賞受賞後、イタリアで創作活動を行いましたが、健康状態の悪化により帰国を余儀なくされました。一説には、看護のための付添い同行が受け入れられなかったことが帰国の理由とも言われています。帰国後も、病身を押して第一次世界大戦で戦うフランス兵士を支援するため、姉ナディアと共に献身的に尽力しました。

病が進行する中でも、リリは創作への情熱を失わず、最晩年まで作品の完成に力を注ぎ、実り豊かな時期を迎えました。しかし、長年取り組んでいたメーテルランク原作のオペラ『マレーヌ姫』を完成させることはできませんでした。最期はアルカションで迎え、絶筆となった「ピエ・イェズ」を口述筆記で完成させた後、永眠しました。その亡骸はパリのモンマルトル墓地に静かに眠っています。

名前にまつわる逸話と後世への影響

彼女の愛称である「リリ」は、ユダヤの伝承に登場するリリスに由来すると言われています。後世の音楽家にも影響を与え、フルート奏者・林リリ子の名はブーランジェにちなみ、さらにフラウト・トラヴェルソ奏者の前田りり子も林に由来するとされます。また、1927年に発見された小惑星リリトも、彼女の愛称にちなんで名付けられました。

主要作品（一部抜粋）

• - カンタータ『ファウストとエレーヌ』（1913年）
• - 交響詩『哀しみの夜に』（1917年 - 1918年）
• - ヴァイオリン（またはフルート）とピアノのための『春の朝に』（1917年 - 1918年）
• - 詩篇 第24番（1916年）
• - 詩篇 第130番（1910年 - 1917年）
• - ピエ・イエズ（1918年）
• - 連作歌曲集『空の晴れ間』（1913年）

短い生涯ながらも、リリ・ブーランジェは強い意志と類稀な才能によって、感情豊かで革新的な作品を数多く生み出し、後世に大きな足跡を残しました。

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