フラウト・トラヴェルソ

フラウト・トラヴェルソ：古の響きを現代に

フラウト・トラヴェルソは、現代のフルートの原型となった古楽器です。バロック時代以前はリコーダーが主流だったため、「横向きのフルート」という意味でこの名が付けられました。現在では「トラヴェルソ」と略されることもあります。

バロック・フルート、クラシカル・フルートとの違い

トラヴェルソの中でも、バロック時代に製作されたものを「バロック・フルート」、古典派からロマン派にかけてのものを「クラシカル・フルート」「ロマンチック・フルート」と区別することがあります。

バロック期のトラヴェルソは、通常7つのトーンホールを持ちます。歌口に近い6つの穴は指で直接押さえ、一番下の穴はキーで操作する仕組みです。この形態から「1キーフルート」とも呼ばれます。管は3つまたは4つの部分に分割され、キーは足部管についています。

モダンフルートとは異なり、足部管を回転させることでキーを左側に構えることも可能です。

音色と音域

キーの付いたトーンホール以外は指で直接塞ぐため、音量は小さく、ややこもった暗い音色ですが、多様な音色を持ち、繊細で豊かな表現が可能です。音域はD4からE6が一般的ですが、B6までの運指も知られています。

D管でありながら楽譜は実音で記譜されるため、移調楽器ではありません。ニ長調、ト長調、イ長調は比較的演奏しやすいですが、それ以外の調ではクロスフィンガリングを多用するため難易度が上がります。

現在でも古楽器愛好家のために復元楽器が製作されており、アイリッシュ・フルートもその流れを汲む楽器です。

構造の特徴

モダンフルートに比べて構造は非常にシンプルで、複雑なキーメカニズムやリッププレートはありません。外径は太く、内径は円錐形になっています。管の結合部はテノンと呼ばれ、糸やコルクが巻かれており、気密性を保つためにコルクグリースが使用されます。

古典派以降の変化

古典派以降の時代には、半音を出すために新たなトーンホールとキーが追加されました。また、高音域を出しやすくするために管の内径が細められるなど、改良が加えられ、「クラシカル・フルート」「ロマンチック・フルート」へと進化しました。これらの改良によって音色は明るく軽やかになりましたが、統一された規格はなく、運指も複雑化しました。

ベーム式フルートの登場とその後

1847年にベーム式フルートが登場すると、トラヴェルソの時代は終焉を迎えます。しかし、トーンホールの径を大きくして音量を増すなどの改良が加えられたメイヤー式フルートは、フランスを除くヨーロッパやアメリカで1930年代まで使用されていました。

材質

モダンフルートは金属製がほとんどですが、トラヴェルソは木製が主流です。柘植、楓、梨、黒檀、グラナディラなどが用いられ、中でも柘植が好まれます。表面は塗装されていることが多く、外観からは材種が判別しにくいこともあります。木材は湿度の変化に弱いため、定期的なメンテナンスが必要です。

木材以外では象牙も多く使用され、総象牙製のフルートは王侯貴族に愛用されました。結合部の装飾や補強には銀や象牙のリングが用いられることもあります。クリスタルガラス製のフルートも存在します。

キーは銀、真鍮、洋白などで作られ、穴を塞ぐ部分にはパッドが貼られています。パッドの材質は製作者によって異なり、ピューター製の弁を用いることもありました。

現在では、ABS樹脂製のトラヴェルソも販売されており、メンテナンスが容易です。

代表的な製作者

現存する最古のバロック・フルートは、リチャード・ハッカの製作とされています。その他の著名な製作者としては、以下の人物が挙げられます。

ジャック・オトテール
ヨハネス・ヒアキントス・ロッテンブルク
ゴットフリード・アドリアヌス・ロッテンブルグ
トーマス・ステインズビー・ジュニア
ピーター・ブレッサン
ヤーコブ・デンナー
アウグスティン・グレンザー
クロード・ローラン

演奏家

トラヴェルソが広く使われていたのはバロック後期ですが、作曲家や楽器製作者を兼ねた著名な演奏家が多く存在しました。

ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツ
ジャック・オトテール
ピエール＝ガブリエル・ビュファルダン
ミシェル・ブラヴェ
フランソワ・ドゥヴィエンヌ

フリードリヒ2世もトラヴェルソの名手として知られています。

20世紀後半の古楽復興運動以降、再び演奏される機会が増え、演奏家の育成も進んでいます。

フランス・ブリュッヘン
バルトルト・クイケン
有田正広
前田りり子
森本英希

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