ルース・セント・デニス

ルース・セント・デニス：東洋の神秘を舞うモダンダンスの先駆者

モダンダンスのパイオニアであり、特に東洋思想を舞踊表現に取り入れたことで知られるルース・セント・デニス（1879-1968）。彼女の革新的なアプローチは、その後のアメリカン・ダンスの方向性を決定づける一助となりました。夫であるテッド・ショーンと共に設立したデニショーン舞踊団は、多くの才能あふれるダンサーを輩出し、現代ダンスの礎を築きました。

初期と舞踊への目覚め

ニュージャージー州の農場で生まれたルースは、幼い頃からクリスチャン・サイエンスや神智学といった精神世界に触れました。医師であった母と発明家の父のもと、彼女の教育は始まります。特に、人間の身体表現を探求するフランソワ・デルサルトのメソッドに基づいた身体訓練は、後の舞踊活動の基盤となりました。1894年、デルサルト体操での鍛錬を経て、スカート・ダンサーとして舞台デビューを果たします。この控えめな始まりから、著名なプロデューサー、デヴィッド・ベラスコの劇団の一員として全国ツアーに参加するまでに至りました。

東洋との劇的な出会い

1904年、ベラスコ劇団との巡業中に彼女の運命を変える出来事が起こります。ニューヨーク州バッファローの薬局で目にした、タバコの「エジプトの神々」の広告ポスターに描かれた女神イシスの姿に、彼女は強い霊的なインスピレーションを受けました。この瞬間的な閃きから、東洋の神秘的な世界をダンスで表現したいという衝動に駆られ、以来、東洋の哲学や文化の研究に深く没頭していきます。

「セント・デニス」の誕生と『ラーダー』

1905年、ルースはベラスコの劇団を離れ、独立したアーティストとしての道を歩み始めます。この頃、ヨーロッパ巡演を行う中で、「セント・デニス」という新たな芸名を使い始めました。この名前の由来については、晩年に本人が語ったエピソードとして、母親が荷物に書かれた「ルース」という名前の前に「セント」を書き加えたという話が伝えられています。東洋世界への探求から生まれた最初の重要な作品は、1906年に初演された『ラーダー』です。ヒンドゥー神話に登場するクリシュナ神の恋人ラーダーを題材とし、五感を通じた快楽を描写したこの作品は、当時のヨーロッパで高まっていた東洋趣味と相まって観客に強い印象を与えました。その振付は必ずしも学術的に正確なものではありませんでしたが、セント・デニスが受け取った東洋の精神性を表現する試みとして、多くの人々を魅了しました。彼女はダンスを単なる身体表現ではなく、精神的な領域への入り口と考えていました。

デニショーンの設立と革新

1911年、デンバーでの公演を見た若いダンサー、テッド・ショーンはセント・デニスの芸術に感銘を受けます。1914年には彼女の生徒となり、やがて芸術的なパートナーシップを結び、結婚に至ります。そして1915年、ロサンゼルスに「アメリカン・デニショーン・スクール・オヴ・ダンシング・アンド・リレイテッド・アーツ」、通称デニショーンを共同で設立しました。この学校は、アメリカにおけるモダンダンス教育の草分け的存在となります。生徒たちは裸足でのバレエ基礎訓練に加え、世界各国の民族舞踊、エミール・ジャック＝ダルクローズのリトミック、そしてルース自身が学んだデルサルト体操などを学びました。1916年には、エジプトをテーマにした作品群を発表し、セント・デニスとショーンによるデュエット『耕す人々（Tillers of the Soil）』や、男性群舞『ピュリケー』などが生まれました。東洋探求は続き、1923年にはバビロニアの女神イシュタールを描いた『七つの扉のイシュタール（Ishtar of the Seven Gates）』を初演するなど、神話や宗教的テーマを深く掘り下げました。1910年代から1920年代にかけて、二人は精力的に巡業を行い、ヴォードヴィルの舞台にも積極的に出演しました。

世界を巡る旅と交流

デニショーン舞踊団にとって特筆すべき活動は、1925年から1926年にかけて行われた日本、中国、インドを含む大規模なアジアツアーです。この旅では各地の舞踊家たちとの交流を深めました。日本では歌舞伎役者七代目松本幸四郎から『紅葉狩』を学び、これをレパートリーに加えました。中国では京劇の梅蘭芳と会い、『覇王別姫』に触発された作品を創作しました。インドでは、現地の伝統舞踊に基づいたパフォーマンスを行い、熱狂的な支持を受けました。

後進の育成と教育活動

デニショーンからは、その後のモダンダンス界を牽引する数多くの重要な才能が輩出されました。特に有名なのは、マーサ・グレアム、ドリス・ハンフリー、チャールズ・ワイドマンらです。彼らはデニショーン舞踊団の一員としても活躍しました。デニショーンでは、セント・デニスは生徒たちの創造性や精神面を鼓舞する役割を担い、ショーンは技術指導を担当することが多かったとされます。また、二人は現在も著名なダンス・フェスティバルであるジェイコブズ・ピローの創設にも深く関わっています。1930年にデニショーンは解散しますが、セント・デニスはその後も独自に舞踊活動、教育、振付を続け、他のアーティストとの共同制作も行いました。彼女の関心は、初期の東洋神秘主義から、リズミック・コアー・オヴ・ダンサーズといったグループを通じた宗教とダンスの融合へと移行していきます。これらの活動の中で、彼女はかつて女神イシスを表現しようとしたように、聖母マリアのイメージを追求したと言われます。1938年には、アデルフィ大学に舞踊プログラムを設立しました。これはアメリカの大学における初期の舞踊学科の一つであり、現在も同大学の舞台芸術の重要な部門となっています。1940年にはナタヤ学校を共同設立し、東洋舞踊の指導に力を注ぎました。長年にわたり、彼女は自身のスタジオでも熱心にダンスを教え続けました。特に晩年の1962年には、自身のスタジオでバリ島の影絵芝居ワヤン・クリの長時間上演を企画し、アメリカにおける初めての試みとして注目されました。

晩年と永遠の遺産

ルース・セント・デニスは、精力的な活動の後、1968年7月21日にロサンゼルスのハリウッド長老教会病院で心臓発作のため、89歳で亡くなりました。

セント・デニスの遺産は多岐にわたります。彼女が創造した東洋風のダンス作品群は今なお再演され、特に初期の代表作『インセンス（Incense）』や『孔雀の伝説（Legend of the Peacock）』などは、現代のダンサーによっても踊り継がれています。また、何よりも彼女の大きな功績は、デニショーンを通じてマーサ・グレアム、ドリス・ハンフリーといった、その後のモダンダンスの歴史において中心的な役割を果たすことになる数多くの才能を育成したことです。2006年には初期ソロ作品の再演が行われるなど、彼女の芸術は現在も評価され続けています。1987年には国立ダンス博物館の殿堂入りを果たしました。さらに、「世界平和のダンス」という国際組織は、その創作のインスピレーションをセント・デニスに負っていると公言しており、彼女の未発表原稿の出版なども行っています。ルース・セント・デニスの活動は、アメリカン・モダンダンスの多様な発展において、欠かせない源流の一つとして位置づけられています。

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