レオニード・コーガン

レオニード・ボリソヴィチ・コーガン（Leonid Borisovich Kogan, 1924-1982）は、ウクライナに生まれ、ソビエト連邦を代表する名ヴァイオリニストとして国際的に活躍しました。同郷の親友であるダヴィッド・オイストラフと同じくユダヤ系でした。オイストラフが比較的遅咲きであったのに対し、コーガンは「魔神と契約した天才」と称されるほどの早熟の才能を持っていました。

幼少期と教育

ドニプロペトロウスクに生まれたレオニードは、アマチュアヴァイオリニストだった写真家の父親からヴァイオリンの手ほどきを受けました。ヴァイオリンへの非凡な才能を示した彼は、アウアー門下で知られるF.ヤンポリスキーに師事し、目覚ましい進歩を見せます。より高度な教育を受けさせるため、家族はモスクワに移り住み、彼はモスクワ音楽院付属中央音楽学校に入学しました。モスクワでは、著名なヴァイオリン教師A.ヤンポリスキー教授の薫陶を受け、音楽院卒業まで師事しました。当時のA.ヤンポリスキー門下には、後に妻となるエリザヴェータ・ギレリスをはじめ、エドゥアルド・グラーチ、ユリアン・シトコヴェツキー、イーゴリ・ベズロードニー、ユーリ・ヤンケレビッチなど、錚々たる才能が集まっていました。1936年には、モスクワを訪れたジャック・ティボーやヨーゼフ・シゲティといった巨匠たちから絶賛され、その将来を嘱望されます。また、1935年にヤッシャ・ハイフェッツの演奏会に接したことは、少年時代の彼に生涯にわたる大きな影響を与えました。

キャリアと国際的な成功

モスクワ音楽院付属中央音楽学校を経て、1943年から1948年までモスクワ音楽院で学び、卒業後も1951年まで研究科に在籍しました。彼の公式デビューは1941年、モスクワ音楽院大ホールでのモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団との共演によるブラームスのヴァイオリン協奏曲でした。これと同時期にソ連全土での演奏旅行を開始し、学生時代にはプラハ世界青年音楽祭でユリアン・シトコヴェツキー、イーゴリ・ベズロードニーと共に優勝を果たします。コーガンはニコロ・パガニーニのヴァイオリン作品全曲演奏に挑戦し、当時モスクワで入手可能だった作品のすべてを演奏しました。特にパガニーニの『24のカプリース』を一夜で全曲演奏したリサイタルは、その超絶技巧によって伝説的な演奏会として語り継がれています。1951年には、ブリュッセルのエリザベート王妃国際音楽コンクールで優勝。パガニーニの協奏曲第1番におけるエミール・ソーレのカデンツァの解釈は、審査委員長のジャック・ティボーに絶賛され、同時にイザイ・メダルも受賞しました。この成功を機に、1955年には世界的な演奏旅行を開始し、パリやロンドン、そして翌年には南米やアメリカ合衆国を訪れました。アメリカでのデビューは大きな成功を収め、ハイフェッツやミルシテインとの親交を深めましたが、冷戦の時代背景もあり、カーネギーホールでの演奏会における爆弾騒動など、反ソ連・反ユダヤ運動の標的とされ、その人気に翳りが見え始める時期もありました。

教育活動と家族

1952年からは母校モスクワ音楽院で教鞭を執り、1980年にはイタリアのシエナにあるキジアーナ音楽院にも招かれて後進を指導しました。彼の門下からは、日高毅、アンドレイ・コルサコフ、イリヤ・グールベルト、ヴィクトリア・ムローヴァ、イリヤ・カーラー、佐藤陽子、天満敦子、アテフ・ハリムなど、多くの優秀なヴァイオリニストが育ちました。妻のエリザヴェータ・ギレリスは、著名なピアニスト、エミール・ギレリスの妹で、彼女自身も優れたヴァイオリニストでした。全ソ連コンクール第2位、1937年のイザイコンクール第3位という成績は、いずれもダヴィッド・オイストラフに次ぐものでした。息子のパヴェル・コーガン（1952年生）もユーリ・ヤンケレビッチに師事し、シベリウス・コンクールで優勝するなどヴァイオリニストとして成功を収めましたが、後に指揮者へと転向しました。娘のニーナ・コーガンもロン・ティボーコンクールに入賞するほどのピアニストで、晩年の父の伴奏を務めました。

演奏スタイルと遺産

コーガンは技術面でも解釈面でも至高のヴァイオリニストの一人と広く認められています。同時代のオイストラフに比べると、彼のスタイルはよりモダンで個性的というよりは普遍的な美しさを追求したと評されます。速く澄んだ音色のヴィブラートを用い、引き締まった、時にはアグレッシブとも評される演奏を行いました。どの弦、どのポジションにおいても、ムラのない豊かな響きを保つことに腐心し、特に高音域での響きの減衰を防ぐことに努めました。彼の愛器は、1726年製「エクス・コラン」と1733年製「エクス・ブルメスター」という2挺のグァルネリ・デル・ジェスでした。弓はドミニク・ペカットを愛用しました。

コーガンの録音はソ連国内外に多数残されています。特にエミール・ギレリス（ピアノ）、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ（チェロ）とのピアノ三重奏は有名で、ベートーヴェンやブラームスなどの重要な室内楽作品を録音しました。また、自身がピアノとチェロ奏者を変えて別のピアノ三重奏団を組むこともありました。ヴィルトゥオーゾ作品（パガニーニ、ヴィニャフスキー、サラサーテなど）の演奏にも優れ、その録音からは、作曲家自身が乗り移ったかのような情熱的で技巧的な演奏を聴くことができます。ソ連で初めてアルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲に取り組み、録音を残したヴァイオリニストとしても歴史に名を刻んでいます。1968年には、彼が主演するパガニーニに関する映画も製作されました。

晩年と死

1955年にソ連名誉芸術家、1964年にはソ連人民芸術家に選ばれ、1965年にはソ連最高の栄誉の一つであるレーニン賞を受賞しました。1982年11月17日、ウィーンでの演奏旅行から帰国し、息子パヴェルとの共演のためオーストリアとロシア間を列車で移動中に心臓発作を起こし、58歳の誕生日を目前に急逝しました。その突然の死は、世界の音楽界に大きな衝撃を与えました。

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