レフ・クニッペル

レフ・コンスタンティノヴィチ・クニッペル（1898年11月21日 - 1974年7月30日）は、ソビエト連邦の作曲家です。しかし、彼の生涯は単なる音楽家の枠に収まらず、国家の秘密警察であるGPU（後のNKVD、KGB）の諜報員という、極めて異例な側面を持っていました。グルジア（現ジョージア）のトビリシに生まれたクニッペルは、その死までモスクワで活動しました。

クニッペルはドイツ系およびユダヤ系の血を引く、演劇人の家系に育ちました。特に、アントン・チェーホフの妻としても知られる著名な女優オリガ・クニッペル＝チェーホワは彼の叔母にあたります。また、姉のオリガ・チェーホヴァも女優であり、後にナチス・ドイツの協力者であったとされています。

激動のロシア革命とそれに続く内戦期、クニッペルは反革命派である白軍に参加しました。白軍の敗退後、ピョートル・ヴラーンゲリ将軍率いる残存部隊と共に1920年にロシアを離れました。しかし、1922年には帰国を果たし、まもなくソビエト政府の機構、具体的にはGPUの対外情報部門に徴発されることになります。この諜報員としての活動期間中に、彼が同時代の芸術家や音楽家を告発したという直接的な証拠は、現在のところ確認されていません。

音楽教育においては、モスクワでレインゴリト・グリエールやニコライ・ジリャーエフに作曲を師事したほか、グネーシン音楽学校ではエレーナ・グネーシナにも学びました。また、ドイツ留学中にフライブルクでユリウス・ヴァイスマンに、ベルリンでフィリップ・ヤルナハに師事するなど、国際的な教育を受けています。1920年代には、モスクワ芸術劇場において、著名な演出家であるヴラディーミル・ダンチェンコやコンスタンティン・スタニスラフスキーと共同で仕事も行っています。

作曲家としてのクニッペルは極めて多作であり、5つの歌劇、20に及ぶ交響曲のほか、バレエ音楽、ピアノ作品、映画音楽など、幅広いジャンルの作品を残しています。彼は特に中央アジアや北カフカスの民族音楽に深い関心を寄せ、トルクメン、キルギス、タジクといった地域の民謡を収集・編曲し、自身の作品に取り入れました。

初期の作品には、ドイツ留学の影響からか、バルトークやヒンデミットといった西欧モダニズムの作曲家からの影響が見られます。しかし、ヨシフ・スターリンが権力を確立するにつれて、彼の作風はより伝統的で理解しやすいスタイルへと変化していきました。これは当時のソビエト芸術に求められた社会主義リアリズムの潮流に沿うものであり、彼の作品はこのイデオロギー芸術の一例と見なされています。

クニッペルの作品の中で最も広く知られているのは、おそらく「ポーリュシカ・ポーレ」でしょう。この曲は、クリメント・ヴォロシーロフに献呈された彼の交響曲第4番「コムソモールの唄」の一部として作曲されました。ヴィクトル・グーセフによるロシア語の歌詞がつけられたこの合唱曲は、赤軍合唱団によって愛唱され、ソビエト連邦国内だけでなく、世界中に広まりました。この曲は、見かけ上はロシア民謡のように親しまれていますが、実際にはクニッペルが作曲した現代の「ソビエト・ポップス」とも言える楽曲です。

ソビエト芸術の規範に沿おうとしたクニッペルでしたが、1948年にはアンドレイ・ジダーノフやフレンニコフによる、いわゆる「形式主義批判」に遭遇しています。これは、彼を含め多くのソビエト音楽家が、西欧的な形式主義やモダニズムに傾倒しているとして批判された出来事でした。

晩年においても作曲活動を続け、1971年には著名なチェリストであるムスティスラフ・ロストロポーヴィチに献呈された「チェロと打楽器、室内オーケストラのための協奏的詩曲」を発表しました。この作品には、初期のモダニズム的な探求を再び思わせる要素が見られます。

レフ・クニッペルの生涯は、作曲家としての創作活動と、秘密警察員という国家の裏側での役割という、全く異なる二つの顔が共存した複雑なものでした。彼の作品、特に「ポーリュシカ・ポーレ」は世界中で愛されていますが、その背景にはソビエト時代の政治的・社会的状況が色濃く反映されています。彼の生涯と創作は、激動の20世紀を生き抜いたソビエト芸術家の軌跡を示す興味深い事例と言えるでしょう。

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