ローマン・ハウベンシュトック＝ラマティ
ポーランド出身の作曲家、ローマン・ハウベンシュトック＝ラマティ（1919年2月17日 - 1994年3月3日）は、現代音楽の重要な担い手である。クラクフにユダヤ系の家系として生まれた彼は、第二次世界大戦の混乱を経て、イスラエル、フランス、そして最終的にオーストリアのウィーンに居を定めた。
若い頃、ハウベンシュトック＝ラマティは故郷ポーランドで音楽の基礎を築いた。1937年から1940年にかけて、彼はクラクフで作曲を学び、またレンベルク（現在のウクライナ・リヴィウ）では音楽学を専攻して学識を深めた。この期間、彼はヴァイオリン演奏と哲学にも触れており、その後の広範な創作活動に影響を与えたと考えられている。作曲の師としては、アルトゥル・マラフスキとユゼフ・コフレルの名が挙げられる。
戦後、クラクフに戻った彼は、1947年から1950年までクラクフ放送局で職務に就いた。しかし、不安定な社会情勢のため、1950年にイスラエルへ亡命する決断を下す。イスラエルでは、1951年から1957年までの間、テルアビブ音楽院で教鞭を執り、音楽教育者としてのキャリアもスタートさせた。
1957年にはパリへと移り、国際的な音楽シーンでの活動を本格化させ、作曲家としての評価を確立した。その後、生活の安定を求めて1973年にウィーンに移住し、以後、没する1994年までウィーンで後進の育成に尽力した。彼の指導を受けた弟子の中には、久保摩耶子、ベアート・フラー、阿部京子、土居克行といった、国際的に活躍する優れた音楽家たちがいる。
ハウベンシュトック＝ラマティの創作は、概ね四つの時期に分けられると言われている。イスラエル亡命初期の作品については、十二音技法と伝統的な旋法を融合させる試みが行われたと伝えられているが、当時の作品の大部分は後に作曲家自身によって破棄されたため、現存する作品は非常に少なく、その実態を知るための音源も稀少である。
彼の名前が広く世界に知られる契機となったのは、1960年代にダルムシュタットで開催された現代音楽夏期講習会での活動である。ここで彼は「図形楽譜」の提唱者の一人として、音楽史において重要な役割を果たした。五線譜にとらわれない、多様な図形や記号を用いた視覚的な楽譜は、演奏者による自由な解釈を促すことを目的としており、「シェークスピアの為のモビール」などの作品を通じて、楽譜に「浮動性」を持たせる可能性を探求した。しかしながら、この図形楽譜は、演奏者間の解釈の差異から生じる混乱やトラブルを招くこともあり、図形楽譜を用いた創作活動全体としては次第に勢いを失っていった。
ハウベンシュトック＝ラマティの音楽語法が、図形楽譜の探求から約20年を経て、真に独自の個性を確立した響きへと成熟したのは、それ以降の時期であった。生涯を通じて彼の創作を貫く根源的なテーマは「新しい形式」の追求であり、前衛音楽が隆盛期にあった頃は、その革新性と視覚的な美しさでも注目された図形楽譜による作品を生み出した。しかし、前衛運動が停滞期を迎えた後は、それまでの様々な経験を集約し、ユニークなアンサンブルの構造を探求する方向へと関心を向けた。「弦楽四重奏曲第二番」はこの時期の重要な成果の一つである。
そして、晩年に至り、彼は一つの形式的な探求の極致に到達した。それは、「同一の楽曲に対して複数のヴァージョンを用意し、それらを異なる奏者がそれぞれ独自の順序で同時に演奏する」という革新的な概念に基づいたものである。この独自の形式から生まれたのが、彼の最高傑作と目される「鏡」（16台のピアノのための）と「聖堂」（12台のハープのための）である。「鏡」においては、楽曲全体の要とも言える場面で、「鏡が割れるような」激しい響きが計４回登場し、それぞれの出現場面で異なる状況や文脈が付与されているその構築は、特に印象深く評価されている。
1910年代に生まれた作曲家の中には、多様な様式を横断する過程で創作上の苦悩や葛藤が作品に色濃く表れる例が少なくない。しかし、ハウベンシュトック＝ラマティの場合は異なり、彼は常に一つの強固なコンセプトを深く追求する姿勢で創作に臨んだためか、その作品にはどの時期のものにも構造的な破綻や内的な矛盾が見られない。彼の音楽は、個人的な苦悩や劇的な感情表現から距離を置き、むしろ精緻に組み立てられた「音響のオブジェ」のような様相を帯びているという印象が強い。
弦楽四重奏曲第１番「モビール」（1973年）
クラヴサン協奏曲 （1978年）
オペラ「アメリカ」 （1964年）
鏡 16台のピアノの為の（1984年/1991年）
ソナタ ピアノの為の
聖堂 12台のハープの為の
彼の作品に関する詳細な情報は、ポーランド、イスラエル、オーストリアと活動拠点を移した経緯から、複数の国の音楽情報センターに分散している可能性があるが、現在はオーストリア音楽情報センターとポーランド音楽情報センターの両方で全作品の検索が可能である。特に後者のポーランド音楽情報センターの方が、より包括的で精度の高い情報を提供していると言われている。
略歴
若い頃、ハウベンシュトック＝ラマティは故郷ポーランドで音楽の基礎を築いた。1937年から1940年にかけて、彼はクラクフで作曲を学び、またレンベルク（現在のウクライナ・リヴィウ）では音楽学を専攻して学識を深めた。この期間、彼はヴァイオリン演奏と哲学にも触れており、その後の広範な創作活動に影響を与えたと考えられている。作曲の師としては、アルトゥル・マラフスキとユゼフ・コフレルの名が挙げられる。
戦後、クラクフに戻った彼は、1947年から1950年までクラクフ放送局で職務に就いた。しかし、不安定な社会情勢のため、1950年にイスラエルへ亡命する決断を下す。イスラエルでは、1951年から1957年までの間、テルアビブ音楽院で教鞭を執り、音楽教育者としてのキャリアもスタートさせた。
1957年にはパリへと移り、国際的な音楽シーンでの活動を本格化させ、作曲家としての評価を確立した。その後、生活の安定を求めて1973年にウィーンに移住し、以後、没する1994年までウィーンで後進の育成に尽力した。彼の指導を受けた弟子の中には、久保摩耶子、ベアート・フラー、阿部京子、土居克行といった、国際的に活躍する優れた音楽家たちがいる。
作風
ハウベンシュトック＝ラマティの創作は、概ね四つの時期に分けられると言われている。イスラエル亡命初期の作品については、十二音技法と伝統的な旋法を融合させる試みが行われたと伝えられているが、当時の作品の大部分は後に作曲家自身によって破棄されたため、現存する作品は非常に少なく、その実態を知るための音源も稀少である。
彼の名前が広く世界に知られる契機となったのは、1960年代にダルムシュタットで開催された現代音楽夏期講習会での活動である。ここで彼は「図形楽譜」の提唱者の一人として、音楽史において重要な役割を果たした。五線譜にとらわれない、多様な図形や記号を用いた視覚的な楽譜は、演奏者による自由な解釈を促すことを目的としており、「シェークスピアの為のモビール」などの作品を通じて、楽譜に「浮動性」を持たせる可能性を探求した。しかしながら、この図形楽譜は、演奏者間の解釈の差異から生じる混乱やトラブルを招くこともあり、図形楽譜を用いた創作活動全体としては次第に勢いを失っていった。
ハウベンシュトック＝ラマティの音楽語法が、図形楽譜の探求から約20年を経て、真に独自の個性を確立した響きへと成熟したのは、それ以降の時期であった。生涯を通じて彼の創作を貫く根源的なテーマは「新しい形式」の追求であり、前衛音楽が隆盛期にあった頃は、その革新性と視覚的な美しさでも注目された図形楽譜による作品を生み出した。しかし、前衛運動が停滞期を迎えた後は、それまでの様々な経験を集約し、ユニークなアンサンブルの構造を探求する方向へと関心を向けた。「弦楽四重奏曲第二番」はこの時期の重要な成果の一つである。
そして、晩年に至り、彼は一つの形式的な探求の極致に到達した。それは、「同一の楽曲に対して複数のヴァージョンを用意し、それらを異なる奏者がそれぞれ独自の順序で同時に演奏する」という革新的な概念に基づいたものである。この独自の形式から生まれたのが、彼の最高傑作と目される「鏡」（16台のピアノのための）と「聖堂」（12台のハープのための）である。「鏡」においては、楽曲全体の要とも言える場面で、「鏡が割れるような」激しい響きが計４回登場し、それぞれの出現場面で異なる状況や文脈が付与されているその構築は、特に印象深く評価されている。
1910年代に生まれた作曲家の中には、多様な様式を横断する過程で創作上の苦悩や葛藤が作品に色濃く表れる例が少なくない。しかし、ハウベンシュトック＝ラマティの場合は異なり、彼は常に一つの強固なコンセプトを深く追求する姿勢で創作に臨んだためか、その作品にはどの時期のものにも構造的な破綻や内的な矛盾が見られない。彼の音楽は、個人的な苦悩や劇的な感情表現から距離を置き、むしろ精緻に組み立てられた「音響のオブジェ」のような様相を帯びているという印象が強い。
主要作品
弦楽四重奏曲第１番「モビール」（1973年）
クラヴサン協奏曲 （1978年）
オペラ「アメリカ」 （1964年）
鏡 16台のピアノの為の（1984年/1991年）
ソナタ ピアノの為の
聖堂 12台のハープの為の
彼の作品に関する詳細な情報は、ポーランド、イスラエル、オーストリアと活動拠点を移した経緯から、複数の国の音楽情報センターに分散している可能性があるが、現在はオーストリア音楽情報センターとポーランド音楽情報センターの両方で全作品の検索が可能である。特に後者のポーランド音楽情報センターの方が、より包括的で精度の高い情報を提供していると言われている。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。