ヴァイオリンソナタ第7番 (ベートーヴェン)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲したヴァイオリンソナタ第7番 ハ短調 作品30-2は、作品番号30に含まれる3曲のヴァイオリンソナタの一つとして、1802年頃に誕生しました。同時代の第6番（イ長調）、第8番（ト長調）とともに、翌1803年に出版されています。これら3曲はロシア皇帝アレクサンドル1世に献呈されたことから、「アレキサンダー・ソナタ」という通称でも親しまれています。

この作品が生まれた1802年という年は、ベートーヴェンにとって公私ともに激動の時期でした。聴覚の悪化に苦しみ、「ハイリゲンシュタットの遺書」を記した精神的な危機を迎える一方、創造力は衰えることなく、後に傑作となる「英雄」交響曲の構想を練り始めるなど、音楽家としての新しい境地を切り開こうとしていました。作品30全体、特にハ短調という厳しい調性を持つ第7番は、これまでのモーツァルトの影響を脱し、ベートーヴェン独自の力強い様式をヴァイオリンソナタの分野で確立していく重要な節目を示す作品と言えます。

全4楽章で構成され、演奏時間は約26分です。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ

ハ短調、4分の4拍子のソナタ形式。力強い「輝きをもって速く」演奏されます。冒頭、ピアノが3拍の休止の後に提示する特徴的な4つの16分音符からなる動機が、楽章全体の性格を決定づけます。この動機はヴァイオリンに引き継がれ、執拗に繰り返されることで劇的な緊張感を生み出します。ピアノによる左手のアルペジオやユニゾンは、その表現力を最大限に引き出し、作曲者自身の卓越したピアニズムをうかがわせます。変ホ長調で現れる第2主題は、やや行進曲風の性格を持ちます。展開部は、古典派の定石に従いつつ、第1主題が様々な調で扱われます。再現部では、第2主題がハ長調で戻ってきますが、その直前に現れる変イ長調のコラール風の部分は特に印象的です。

第2楽章 アダージョ・カンタービレ

変イ長調、2分の2拍子の複合三部形式。「歌うようにゆるやかに」演奏されます。変イ長調はベートーヴェンのハ短調作品でしばしば中間楽章に用いられる調性です。この楽章には、「悲愴」ソナタの中間楽章に匹敵するほどの美しい旋律が満ち溢れています。ピアノで奏でられる主要主題にヴァイオリンが応え、変イ短調での優雅なアルペジオが両楽器の間で交わされます。楽章の終わり近くに現れる急速な音階のやり取りは、美しい旋律に耽溺しすぎることなく、聴衆の注意を引きつけるための工夫とも解釈できます。

第3楽章 スケルツォ：アレグロ

ハ長調、4分の3拍子。「速く」演奏されるスケルツォ楽章。付点リズムを持つ快活な主題がピアノで提示され、ヴァイオリンがそれを追いかけます。ヴァイオリンは開放弦と同じ高さの音を重音で重ねることで、ピアノに負けない響きを生み出しています。中間部もハ長調のままですが、ピアノの奏でる3連符の動きが特徴的です。

第4楽章 フィナーレ：アレグロ - プレスト

ハ短調、2分の2拍子のロンドソナタ形式。冒頭、ピアノが叩きつけるような力強い主題を提示し、ヴァイオリンがそれに加わります。主題にはレガートで歌うようなものや、活気に満ちたものなど、複数の性格が見られます。楽章全体は「快速に」進みますが、コーダにあたる終末部は「プレスト」（ここでは「手短に、迅速に」というニュアンス）となり、豪快かつ簡潔にソナタ全体を締めくくります。この楽章の「アレグロ」の速度設定は、最後の「プレスト」との対比を考慮して決められることが多いです。

エピソード

作品30の3曲がロシア皇帝アレクサンドル1世に献呈されたことには、興味深い逸話が残されています。当時の作曲家は、王侯貴族や富裕層に作品を献呈することで、高額な謝礼金を得るのが通例でした。ベートーヴェン自身も、以前プロイセン国王にチェロソナタ（作品5）を献呈した際に、半年分の生活費に相当する謝礼を受け取った経験がありました。しかし、アレクサンドル1世に作品30を献呈した際には、いくら待っても謝礼金の音沙汰がなかったといいます。時は下り、ウィーン会議が開催された際、ウィーン滞在中のアレクサンドル1世の皇后にポロネーズ（ハ長調 作品89）を献呈する機会がありました。この時、ベートーヴェンは友人の勧めもあり、皇后への手紙に「皇帝陛下に献呈した件のヴァイオリンソナタの謝礼がまだ届いていない」旨を書き添えたと伝えられています。この手紙が功を奏したかどうかは定かではありませんが、結果的にポロネーズの謝礼に加え、長らく支払われなかった作品30の3曲分の謝礼金も受け取ることができたとされています。

もう一度検索