ヴァンガード (ロケット)

ヴァンガード (Vanguard)

ヴァンガードは、1950年代にアメリカ合衆国によって開発された、人工衛星を軌道に乗せるためのロケットです。特にアメリカ海軍が主導し、アメリカとして初めて人工衛星を打ち上げることを目指した計画の柱となりました。

開発の経緯

冷戦下の宇宙開発競争が始まる中、1955年にアメリカは自国初の人工衛星打ち上げに向けたロケット開発計画を公募しました。これに対し、空軍、陸軍、海軍からそれぞれ提案が出されました。

空軍：大陸間弾道ミサイル「アトラス」の派生型
陸軍：弾道ミサイル「レッドストーン」の派生型
海軍：観測ロケット「ヴァイキング」を基盤とした3段式ロケット

これらの案を検討した結果、海軍が進めていた「ヴァイキング」を改良・発展させる形での3段式ロケット案が選ばれ、「ヴァンガード計画」として本格的に開発が始動しました。

スプートニク・ショックと最初の失敗

ヴァンガード計画が進行する最中、1957年10月4日にソ連（現ロシア）が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功しました。この出来事はアメリカ社会に大きな衝撃を与え、いわゆる「スプートニク・ショック」を引き起こしました。ソ連に先行されたことに焦りを感じたアメリカは、ヴァンガード計画による早期の衛星打ち上げを急ぎます。

計画では、まず小型の試験用衛星（わずか1.36kgで「グレープフルーツ」という愛称で呼ばれた）を搭載しての打ち上げが決定されました。しかし、1957年12月6日、ケープカナベラル空軍基地で行われた最初の軌道投入試みである「ヴァンガードTV3」の打ち上げは悲惨な結果に終わります。点火からわずか2秒後、ロケットは発射台からほとんど離れることなく爆発炎上しました。この失敗は世界中に衝撃を与え、アメリカの初期宇宙開発における象徴的な大失敗として記憶されることとなりました。

この衝撃的な失敗はアメリカ国内にパニックに近い状況をもたらし、「ミサイル・ギャップ論争」なども引き起こしました。一方、海外のメディア、特に英国などではこの事態を面白おかしく取り上げ、「スプートニク」をもじって「スプートハッタリニク」や「スプートポンコツニク」などと揶揄する報道も見られました。

初の成功と「初」を逃す

度重なる失敗を経て、1958年3月17日、ついに3度目の挑戦となった「ヴァンガード1号」の打ち上げで、人工衛星の軌道投入に成功しました。これでアメリカも人工衛星打ち上げ国となったわけですが、この成功は残念ながら「アメリカ初」ではありませんでした。ヴァンガードTV3の失敗後、危機感を募らせたアメリカ政府は、陸軍のジュピターC計画にも衛星打ち上げの許可を与えていました。

そして、ヴァンガード1号の成功に先立つこと約1ヶ月半前の1958年2月1日、ヴェルナー・フォン・ブラウン博士率いるアメリカ陸軍弾道ミサイル局が開発したジュピターCロケットが、エクスプローラー1号を打ち上げることに成功していたのです。このため、ヴァンガード1号による軌道投入成功は、アメリカで2番目の人工衛星打ち上げ成功という結果になりました。

打ち上げられた衛星

ヴァンガードロケットによって軌道に投入された人工衛星は、その後の宇宙開発にとって重要な意義を持つものでした。

ヴァンガード1号 (1958年3月17日打ち上げ)
ビーコン発信器と電池を搭載した試験衛星でした。特筆すべきは、世界で初めて太陽電池を搭載した人工衛星であることです。直径は16cm、重さは1.6kgと非常に小型でした。その信号は1964年に途絶えましたが、先に打ち上げられたソ連のスプートニク1・2号やアメリカのエクスプローラー1号が既に大気圏に再突入し消滅している現在でも、ヴァンガード1号は軌道上に残り続けており、人類が宇宙空間に送り出した人工天体の中で最も古いものとして存在しています。

ヴァンガード2号 (1959年2月17日打ち上げ)
ヴァンガード1号よりも大型化され、直径51cm、重さ9.5kgとなりました。軌道上から雲の写真を記録・撮影する機能を搭載しており、これは後の気象衛星開発の先駆けとなる重要な試みでした。

ヴァンガード3号 (1959年9月18日打ち上げ)
重さ22.7kgの衛星で、これがヴァンガードロケットによる最後の打ち上げとなりました。

成果と教訓

ヴァンガードロケットは、合計11回の打ち上げ試みのうち、成功して軌道に人工衛星を投入できたのはわずか3回（ヴァンガード1号、2号、3号）でした。成功率はおよそ27%と、非常に低いものでした。

しかし、度重なる失敗は、決して無駄ではありませんでした。これらの試行錯誤とそこから得られた技術的な知見は、その後のアメリカのロケット開発、特に宇宙開発競争において非常に有用な教訓となりました。失敗の原因を詳細に分析し、設計や運用の改善に繋げた経験は、アトラスやタイタン、サターンといった後続の高性能ロケット開発に活かされ、最終的にアメリカが高い成功率を誇る宇宙輸送能力を確立する礎となったのです。ヴァンガード計画は、最初の目標達成には至らなかったものの、アメリカの宇宙開発史における重要な一歩であり、多くの苦難から未来への道を切り拓いた存在と言えるでしょう。

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