ヴィクトル・フェドートフ

ヴィクトル・アンドレーヴィチ・フェドートフ（Viktor Andreyevich Fedotov）

ロシアの著名な指揮者、ヴィクトル・アンドレーヴィチ・フェドートフ（1933年7月9日 - 2001年12月4日）は、特にバレエ音楽の分野で多大な功績を残しました。タタール共和国に生まれた彼は、音楽への道を志し、やがてサンクトペテルブルクへと拠点を移します。

彼のキャリアは、1953年にレニングラード国立キーロフ劇場（現在のサンクトペテルブルク・マリインスキー劇場）にチューバ奏者として所属することから始まりました。楽器演奏の傍ら、彼はレニングラード音楽院で管弦楽を学び、1956年に卒業。さらに、同音楽院で名教授イリヤ・ムーシンに師事し、指揮法を深く追求しました。その研鑽が実を結び、1963年に指揮科を卒業しました。

指揮者としての道が開かれたのは1965年です。母校でもある国立キーロフ劇場に指揮者として迎え入れられ、後に首席指揮者の地位に昇り詰めます。彼の指揮者デビューは、プロコフィエフ作曲のバレエ「シンデレラ」でした。以来、彼は劇場の、特にバレエ部門において中心的な役割を担うことになります。キーロフ劇場での活動に加え、ロシア各地の劇場や、かの英国ロイヤル・バレエ団を含む世界の主要なバレエ団とも共演し、国際的な名声を確立しました。古典から現代に至るまで幅広いレパートリーを手掛け、その卓越した手腕により、バレエ指揮者の第一人者としての揺るぎない評価を得ました。

教育者としても、フェドートフは後進の指導に情熱を注ぎました。サンクトペテルブルク音楽院では教授として教鞭を執り、また、ロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミー（通称ワガノワ・バレエ学校）でも若き才能の育成に貢献しました。彼が育んだ多くの音楽家やダンサーが、その教えを受け継ぎ、世界の舞台で活躍しています。

キーロフ・バレエ団（現マリインスキー劇場バレエ団）が海外公演を行う際には、常に彼が指揮台に立ちました。その存在感と演奏は、しばしば「キーロフ・バレエの代名詞」と称されるほどでした。日本へは、1967年にキーロフ・バレエ団の公演で初めて来日しました。その後も日本のバレエ界との関わりは深く、特に1997年の新国立劇場開場時には、記念公演として上演された「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」の初演を指揮しました。続く数年間、「白鳥の湖」「ジゼル」「ドン・キホーテ」といった重要な古典作品の初演を次々と指揮し、新国立劇場バレエ団の古典バレエ上演水準を非常に高いレベルへと引き上げる上で、決定的な役割を果たしました。

彼の音楽、そして指揮スタイルは、キーロフ・バレエ団が持つ貴族的な伝統を色濃く受け継いでいました。古典作品に対する深い敬意を持ち、安易な改変を嫌いました。彼はバレエ音楽をあくまで「踊りのための音楽」と捉え、明快かつ繊細、オーソドックスでありながらアカデミックな表現を追求しました。しかし、単なる踊りの伴奏に留まらず、そこには優雅で上品な魅力が満ち溢れていました。特に、バレエ音楽の録音においても、他の指揮者が踊り手が失速しうるような速いテンポを選ぶ傾向がある中で、フェドートフは常に踊りに適したテンポを厳守しました。その演奏からは、まるで踊り手の姿が目に浮かぶかのようだと評されました。

プライベートでは、彼の子供たちもまた音楽の道に進みました。娘のポリーナ・フェドトワはピアニストとして、息子であるマクシム・フェドートフ（1961年生まれ）はヴァイオリニストとして、それぞれ活躍しています。特にマクシム氏は、チャイコフスキー国際コンクールでの入賞経験を持ち、同コンクールの審査委員長を務めるなど、国際的な音楽家として知られています。

ヴィクトル・フェドートフは、2001年12月4日、サンクトペテルブルクにてその生涯を終えました。翌2002年には新国立劇場バレエ団の「白鳥の湖」を指揮するために来日する予定でしたが、残念ながらそれは叶いませんでした。彼は、その指揮を通じて多くの人々にバレエ音楽の素晴らしさを伝え、特にバレエ界において、その芸術性と正確さをもって、後世に多大な影響を残した偉大な音楽家です。

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