ヴィディヤー・バーラン

ヴィディヤー・バーラン（Vidya Balan）は、1979年 1月1日、ボンベイ（現ムンバイ）にタミル・バラモンの家庭に生まれ、主にヒンディー語映画界で活躍するインドの女優です。女性が主人公の作品に積極的に出演し、映画における女性像を革新したパイオニアとして広く知られています。そのキャリアを通じて、国家映画賞やフィルムフェア賞といった数々の主要な映画賞を獲得しており、インド政府からは2014年にパドマ・シュリー勲章を授与されています。

生い立ちとキャリアの始まり

幼少期をチェンブルで過ごしたヴィディヤーは、早くから映画女優を志し、シャバーナー・アーズミーやマドゥリ・ディークシットの作品に強い影響を受けました。16歳の時にテレビドラマ『Hum Paanch』でデビューを果たしますが、映画女優を目指すため、その後のテレビ出演依頼を辞退します。両親は彼女の夢を応援しつつも学業を優先することを勧め、彼女はセント・ザバーズ大学で社会学の学士号を、ムンバイ大学で修士号を取得しました。

大学在学中にマラヤーラム語映画のヒロインに抜擢され、複数の契約を結びますが、制作中止など不運が続き、映画界から「ジンクス」と呼ばれ敬遠されるという苦難を経験します。その後、活動の場をタミル語映画に移しますが、ここでも自身の意に反する内容であったり、監督との意見の相違などから降板が相次ぎました。こうした映画界での厳しい状況を経て、彼女は60本以上のテレビコマーシャルやミュージックビデオに出演することでキャリアを磨きました。特にプラディープ・サルカールとの出会いが、その後の彼女の運命を左右することとなります。

映画界での躍進と転機

2003年、プラディープ・サルカールが手掛けたベンガル語映画『Bhalo Theko』で映画デビューを果たし、その演技は高く評価され主演女優賞を受賞。この作品は彼女にとって、映画女優としてのキャリアを切り開く重要なステップとなりました。サルカールの誘いを受け、2005年には彼のヒンディー語映画監督デビュー作『Parineeta』で主役を演じます。当初、プロデューサーは経験豊富な女優を望んでいましたが、ヴィディヤーの熱意と6ヶ月間のオーディションを経て起用が決定。この作品でヴィディヤーは批評家から絶賛され、「演技の天恵」と評されました。フィルムフェア賞新人女優賞を獲得し、主演女優賞にもノミネートされ、ヒンディー語映画界での確固たる地位を築く第一歩としました。

その後、『ムンナー兄貴、ガンディーと出会う』など興行的に成功した作品にも出演しますが、『Heyy Babyy』や『Kismat Konnection』といった商業的な作品でグラマラスな役柄に挑戦した際には、その衣装やキャラクター造形が批評家から酷評されます。この経験から、彼女は自身の直感と「信じる」役柄を選ぶことの重要性を痛感し、その後の作品選びに大きな影響を与えました。

女性主人公としての地位確立

2009年の『Paa』で、早老症の息子を持つシングルマザーを演じ、その深みのある演技でフィルムフェア賞主演女優賞を受賞。この作品が彼女のキャリアにおける重要な転換期となり、自身の信念を貫く勇気を与えたと語っています。続く2010年の『理由なき愛』では、従来のイメージとは異なる、周囲を翻弄する魅力的な未亡人役を演じ、ここでも批評家からの絶賛を浴び、色気は肌の露出量とは無関係であることを証明しました。

2011年は、彼女のキャリアにおいて特筆すべき年となります。実話に基づいた『No One Killed Jessica』での演技が高く評価された後、実在のセクシー女優を演じた『ダーティー・ピクチャー』では、大胆かつ複雑なキャラクターを演じきり、体重を増量するなど徹底した役作りで臨みました。この作品は興行的に大成功を収め、ヴィディヤーは国家映画賞を含む主要な主演女優賞を総なめにしました。ニューヨーク・タイムズ紙は、この作品が「ヒンディー語映画のヒロイン像を再定義した」と評価しています。

2012年には『女神は二度微笑む』で、行方不明の夫を探すために奮闘する妊婦を演じ、小規模ながらもそのリアリティ溢れる演技と作品の成功により、再び主演女優賞を複数受賞。これらの成功により、ヴィディヤーは男性スターに依存しない「女性ヒーロー」としてメディアから称賛され、ボリウッドにおける女性の役柄の可能性を大きく広げました。

近年の活動と新たな挑戦

2013年以降、いくつかの作品で興行的な不振を経験する時期もありましたが、探偵役や家庭内暴力のサバイバー役など、多様な役に挑戦を続けました。2017年の『あなたのスールー』では、トークラジオのパーソナリティとなる主婦役を生き生きと演じ、批評家、観客双方から高い評価を得て、再び主演女優賞を受賞。これが2012年以来の大きなヒット作となり、キャリアの新たな局面を迎えました。

2019年には、南インド映画にも進出し、伝記映画や社会派テーマのリメイク作品に出演。同年、マーズ・オービター・ミッションを題材にした『ミッション・マンガル崖っぷちチームの火星打上げ計画』では、主婦と科学者を両立させる役柄を演じ、この作品は彼女のキャリアの中で最も収益を上げた作品の一つとなりました。2020年には短編映画『Natkhat』で初めてプロデューサーを務め、社会的なメッセージを持つ作品にも取り組んでいます。

女優以外の活動と私生活

ヴィディヤーは、俳優業と並行して、環境保護（WWFアース・アワー）、栄養問題、児童教育、女性のエンパワーメントといった様々な社会貢献活動に熱心に取り組んでいます。インドの衛生プログラムの初代ブランド大使を務め、トイレの普及キャンペーンにも参加するなど、社会的な影響力を持つ人物として活動しています。これらの功績が認められ、プラバ・カイタン賞などが授与されています。

私生活では、過去に共演者との交際の憶測が報じられたことがありましたが、後にUTVモーション・ピクチャーズのCEOであるシッダールト・ロイ・カプールとの交際を公表し、2012年に結婚しました。彼女はカルナータカ音楽やインド古典舞踊を学び、信仰心が厚いことでも知られています。また、菜食主義者であり、動物愛護団体PETAのキャンペーンで「インドで最もホットなベジタリアン」に選出されたこともあります。公に議論されることの多い彼女の体重変化は、メディアの注目を集める要因の一つとなっています。

評価とメディアイメージ

ヴィディヤー・バーランは、その大胆な作品選びと、ステレオタイプに囚われない役柄への挑戦によって、メディアから「向こう見ず」とも評されました。キャリア初期のグラマラスな役柄での批判を受けて以降、彼女はサリーを好んで着用するようになり、「英国化されたセクシュアリティ」に対抗する「ありのままのインドのセクシュアリティ」を体現する存在として認識されるようになります。

特に『Paa』以降の女性主人公を演じた一連の作品により、ボリウッドにおけるヒロイン像の変革者としての評価を不動のものにしました。「女性ヒーロー」と呼ばれ、30歳以上の女優に与えられる役柄の可能性を広げた功績は大きいとされています。インディア・トゥデイ誌は彼女を「インドで最も力強い女性」の一人に選出し、「男性優位の映画業界で男優を脇役に追いやった」と評しました。フォーブス誌の「セレブリティ100」リストにも複数回ランクインしており、広告塔としても著名です。彼女の、サイズゼロ偏向の業界において自然体であり続ける姿勢は、多くのメディアから称賛されています。

主な受賞歴

ヴィディヤー・バーランは、国家映画賞主演女優賞を1回（『ダーティー・ピクチャー』）、フィルムフェア賞を6回受賞しています（新人女優賞1回、『Parineeta』、主演女優賞4回、『Paa』『ダーティー・ピクチャー』『女神は二度微笑む』『Tumhari Sulu』、審査員選出女優賞1回、『Ishqiya』）。また、映画界への貢献を認められ、2014年にパドマ・シュリー勲章を授与され、2015年にはラーイ大学から名誉博士号が贈られています。

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