ヴィルヘルム・グリーゼ

ヴィルヘルム・グリーゼ（Wilhelm Gliese, 1915年 6月21日 - 1993年 6月12日）は、20世紀に活躍したドイツの天文学者です。特に太陽系に近い恒星のカタログ作成において、その名を後世に残しました。

生涯と学業

グリーゼは、現在ポーランド領となっているシレジア地方の都市ゴルトベルク（現ズウォトリヤ）で生を受けました。1933年、彼はブレスラウ大学で天文学、数学、物理学の学問を志し、その探求は後にベルリン大学へと引き継がれます。しかし、彼の研究生活は、時代の波に翻弄されることとなります。

困難な時代

第二次世界大戦が迫る中、グリーゼはベルリンの陸軍事務所で弾道計算の専門家として働いていました。当時、ベルリンの天文計算研究所は、所長アウグスト・コプフの主導で、基本星表第3版のデータを用いた太陽の固有運動や銀河の回転に関する精密な研究を進めていましたが、グリーゼはこの重要な天文学プロジェクトに直接関わることはできませんでした。

さらに1942年3月、彼はドイツ国防軍に招集され、激戦地となった東部戦線へ送られます。そして1945年2月、ポズナニ北方でソ連軍の捕虜となり、長期間の収容生活を強いられました。彼が解放され、故郷に戻ることができたのは、終戦から4年以上が経過した1949年9月のことでした。この約10年間、彼は研究者としての道を閉ざされていましたが、科学への情熱を決して失うことはありませんでした。

逆境の中の情熱

筆舌に尽くしがたい捕虜生活の中にあっても、グリーゼは科学への探求心を燃やし続けました。彼は他の捕虜たちに科学について講義を行い、さらには望遠鏡などの観測機器が一切ない状況下で、肉眼による変光星の明るさの変化を観測するという驚くべき試みを行いました。これらの貴重な観測記録は、タバコの紙のスリーブに密かに書き留められ、帰国後に持ち出すことに成功しました。そして1950年、その成果は天文学雑誌『Die Sterne』で発表され、困難な状況下でも学問を追求する彼の姿勢は、多くの人々に感動と勇気を与えました。

天文計算研究所での活躍

名目上は1943年から天文計算研究所に籍を置いていたグリーゼでしたが、正式な研究所での活動を再開したのは帰国後の1949年10月でした。当時、研究所は既にハイデルベルクへ移転しており、彼はまず観測助手として復帰しました。その後、その卓越した能力と貢献が認められ、1957年には観測者、そして1965年には主任観測者へと順調に昇進を遂げました。

研究所では、彼は天文学の基礎を支える重要な業務に携わりました。1954年まで天文年鑑の編集に尽力し、特に1957年から彼が引退する1980年にかけては、恒星の位置と運動に関する高精度なカタログである基本星表（FK4およびその改訂版であるFK5）の編集という極めて重要な業務に長期間携わりました。

グリーゼ近傍恒星カタログ

彼の名を最も世に知らしめた功績は、太陽系のごく近くに位置する恒星を集めた詳細な星表、『グリーゼ近傍恒星カタログ』（Catalogue of Nearby Stars）の編纂です。この事業は、1951年7月9日、アメリカの天文学者ピーター・ファンデカンプからの提案を受けたことがきっかけで始まりました。グリーゼはこの提案に応じ、それまで体系的にまとめられていなかった太陽系近傍の恒星に関するデータの収集と整理に着手しました。

その最初の成果として、1957年には太陽系から20パーセク（約65.2光年）以内の1000を超える恒星を収録した初版が刊行されました。このカタログは、太陽系近傍の恒星の特性や分布、運動などを研究する上で非常に有用であることが証明され、その後の天文学研究に不可欠な基礎データとなりました。グリーゼはその後もデータの更新と拡張を続け、1969年には改訂版が発表され、収録範囲は22パーセク（約71.7光年）以内、天体数は約2000へと大幅に増加しました。

栄誉

グリーゼの天文学における多大な貢献を記念し、小惑星(1823)は「グリーゼ」と命名されました。彼の編纂した近傍恒星カタログは、今日に至るまで多くの天文学者に利用されており、太陽系周辺の宇宙理解において極めて重要な役割を果たし続けています。

ヴィルヘルム・グリーゼは、戦争という困難な時代を生き抜きながらも科学への情熱を失わず、地道かつ重要な研究を積み重ねることで、天文学の発展に大きく貢献した人物と言えるでしょう。

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