ヴィーナスと音楽奏者

ティツィアーノの連作『ヴィーナスと音楽奏者』の詳細解説

『ヴィーナスと音楽奏者』は、盛期ルネサンスを代表するヴェネツィア派の巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオとその工房によって制作された一連の絵画です。この連作は、主題や構図に共通点が見られるものの、細部や要素によって異なるいくつかのバリエーションが存在します。それぞれのバージョンは、『ヴィーナスとオルガン奏者』や『ヴィーナスとリュート奏者』など、楽器の種類によって異なる名称で知られています。これらの絵画は、1540年以降に制作されたと考えられています。

作品の構成

多くのバージョンでは、画面左側にオルガンを演奏する男性が描かれていますが、リュートを奏でるバージョンも存在します。ヴィーナスは、多くの場合、枕元にキューピッドや犬を伴っており、中には両方が描かれているものもあります。これらの絵画は、キャンバスに油彩で描かれており、プロポーションやサイズにいくつかのバリエーションがあります。オルガン奏者が描かれたバージョンの中には、横幅が広いものも存在します。

ティツィアーノの裸婦像

『ヴィーナスと音楽奏者』は、ティツィアーノが描いた裸婦像の発展における重要な作品です。彼はジョルジョーネの死後、『眠れるヴィーナス』を完成させ、その後『ウルビーノのヴィーナス』を制作しました。これらの作品は、『ヴィーナスと音楽奏者』の連作の原型となったと考えられています。特に『ヴィーナスと音楽奏者』は、キューピッドの存在によってヴィーナスであると識別できます。キューピッドがいなければ、この絵画はクルチザンヌ（高級娼婦）を描いた絵画と見なされる可能性がありました。

寓意的解釈

この連作は、官能的な魅力を持つ一方で、目の優位性に関連する寓意的な意味を持つとする研究者もいます。オルガン奏者が音楽を演奏することで、視覚的な美であるヴィーナスへの賛辞を表現していると解釈できます。また、リュート奏者のバージョンでは、音楽を演奏することでヴィーナスへのオマージュを捧げていると解釈することも可能です。新プラトン主義的な解釈も存在し、音楽奏者の視線や姿勢が、超越的な美しさへの憧憬を表しているとする見方もあります。

絵画のヴァージョン

現在、少なくとも大部分がティツィアーノによるものと見なされている5つのバージョンがあります。

1. プラド美術館 (マドリード) の『ヴィーナスとオルガン奏者と犬』：オルガン奏者と犬が描かれています。このバージョンは、元々カール5世に贈られた可能性があり、結婚を祝う絵画であると推測されています。ヴィーナスが結婚指輪を身につけており、キューピッドがいない点が特徴です。
2. プラド美術館 (マドリード) の『ヴィーナスとオルガン奏者とキューピッド』：オルガン奏者とキューピッドが描かれています。この作品は、前述の『ヴィーナスとオルガン奏者と犬』を写し取ったものであると考えられています。
3. 絵画館 (ベルリン) の『ヴィーナスと音楽奏者』：オルガン奏者が描かれています。この作品のオルガンは「使い回し」であるとの指摘があります。
4. フィッツウィリアム美術館 (ケンブリッジ) の『ヴィーナスとキューピッドとリュート奏者』：リュート奏者とキューピッドが描かれており、比較的初期のバージョンと考えられています。
5. メトロポリタン美術館 (ニューヨーク) の『ヴィーナスとキューピッドとリュート奏者』：リュート奏者とキューピッドが描かれています。フィッツウィリアム美術館のバージョンから写し取られたと考えられています。

各バージョンの詳細

プラド美術館の2つのバージョン

プラド美術館には、『ヴィーナスとオルガン奏者と犬』と『ヴィーナスとオルガン奏者とキューピッド』の2つのバージョンがあります。『ヴィーナスとオルガン奏者と犬』は、当初、カール5世に贈られた作品とされていましたが、最近の研究では、1550年頃の制作とされており、カール5世から贈られた作品とは異なる可能性が高いとされています。この作品は、ヴィーナスが恥じらいもなく奏楽者を見つめていたのを、後に変更したことがX線調査で明らかになっています。一方、『ヴィーナスとオルガン奏者とキューピッド』は、1555年頃の制作で、前述の『ヴィーナスとオルガン奏者と犬』を写し取ったものとされています。

リュート奏者のバージョン

リュート奏者のバージョンは、フィッツウィリアム美術館とメトロポリタン美術館に所蔵されています。フィッツウィリアム美術館のバージョンは、1555-1565年の制作とされ、ティツィアーノ単独の作品とされています。一方、メトロポリタン美術館のバージョンは、1565-1570年の制作とされ、ティツィアーノと工房の合作とされています。メトロポリタン美術館のバージョンは、フィッツウィリアム美術館のバージョンから写し取られたとされており、風景の描写が優れている点が特徴です。

まとめ

ティツィアーノの『ヴィーナスと音楽奏者』連作は、ルネサンス期の美術における裸婦像の表現や、寓意的な解釈の可能性を探る上で重要な作品です。複数のバージョンが存在し、それぞれに異なる魅力を持つこれらの絵画は、ティツィアーノの芸術性と創造性の証と言えるでしょう。

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