ヴェラ・リン

デイム・ヴェラ・リン

デイム・ヴェラ・リン（本名：ヴェラ・マーガレット・ウェルチ）は、1917年 3月20日に生まれ、2020年 6月18日に103歳でその生涯を閉じた、イギリスを代表する歌手であり女優です。特に第二次世界大戦中、困難な時代に希望の歌声を届け、国民から絶大な支持を集めました。

生い立ちとキャリアの始まり

ヴェラ・マーガレット・ウェルチは、1917年にロンドンのイーストハムで誕生しました。幼い頃に重い病気を患う経験を乗り越え、7歳で公の場でのパフォーマンスを開始。11歳で母方の祖母の姓である「リン」を芸名として使い始めました。1935年にはジョー・ロスのバンドと共に初のラジオ出演を果たし、ダンスバンドとのレコーディングにも参加しました。1936年には初のソロレコードをリリースし、キャリアを本格化させました。

「イギリス軍の恋人」としての戦時下の活躍

第二次世界大戦が始まると、ヴェラ・リンは空襲警報が鳴り響くロンドン地下鉄の避難所で歌うことから慰問活動を開始しました。1939年に録音した「We'll Meet Again」（また会う日まで）は、離れ離れになった人々、特に兵士とその家族の心に深く響き、彼女の代表曲となりました。1940年には「イギリス軍の恋人」と称されるようになり、1941年に始まった自身のラジオ番組「心からあなたへ」では、海外派遣された兵士からのリクエストに応え、家族からのメッセージを伝えるなど、彼らの精神的な支えとなりました。エジプト、インド、ビルマなど、戦地へ赴いて行った慰問コンサートは特に有名で、過酷な環境下にある兵士たちを励ましました。これらの貢献により、戦後にはビルマの星記章が授与されています。

戦後の成功と多様な活動

終戦後もヴェラ・リンの人気は衰えることなく、イギリス国内はもちろん、アメリカ合衆国でもテレビやラジオに出演し、その存在感を示しました。1952年には「Auf Wiederseh'n, Sweetheart」がイギリス人アーティストとして初めてアメリカのチャートでトップに輝く快挙を達成しました。1954年には「My Son, My Son」が全英シングルチャートで1位となるなど、戦後も多くのヒット曲を生み出しました。彼女は長年にわたり主要なレコード会社から作品を発表し続け、テレビでは自身の番組の司会を務めるなど、多様なメディアで活躍しました。ロイヤル・バラエティ・パフォーマンスにも複数回出演し、王室や国民からの敬愛を集めました。彼女は、イギリスのシングル・アルバムチャートにおいて、チャート開始から21世紀までという異例の長期間にわたってチャートインした唯一のアーティストとしても特筆されます。

栄誉、影響、そして慈善活動

ヴェラ・リンはその功績に対し、様々な栄誉を受けています。1959年には大英帝国勲章オフィサー（OBE）に叙され、1975年にはデイム・コマンダー（DBE）に昇格しました。これは、彼女が単なるエンターテイナーではなく、国家にとって重要な貢献を果たした人物として認められた証です。2000年には国民投票により「20世紀の精神」に選ばれるなど、その影響力は計り知れません。彼女の歌声は、スタンリー・キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情』やピンク・フロイドのアルバム『ザ・ウォール』など、後世の多くの作品でもフィーチャーされ、世代を超えて語り継がれています。また、生涯を通じて精力的に慈善活動に取り組み、脳性麻痺の子供たち、乳癌研究、退役軍人など、様々な支援を続けました。

晩年と逝去

ヴェラ・リンは晩年も精力的に活動を続けました。2009年には92歳にしてリリースしたベストアルバムが全英チャートで1位となり、存命するアーティストとしての史上最高齢記録を更新しました。2017年には100歳の誕生日を記念したアルバムも再びチャート1位を獲得し、その健在ぶりを示しました。2020年4月、新型コロナウイルスのパンデミックの最中、エリザベス2世女王が国民に向けたメッセージの締めくくりに、ヴェラ・リンの代表曲「We will meet again」の歌詞を引用するなど、彼女の歌声は困難な時代のシンボルとして生き続けました。2020年 6月18日、103歳で死去すると、王室、政府、そして多くの人々から追悼の言葉が寄せられました。その葬儀は軍葬の形式で行われ、ドーバーの白い崖への映像投影やスピットファイア機の追悼飛行など、国民的な英雄としての彼女にふさわしいものとなりました。彼女の歌声は、今もなお多くの人々の心に生き続けています。

私生活では、1941年にミュージシャンのハリー・ルイスと結婚し、一女をもうけました。夫は1998年に先立ちましたが、彼女は亡くなるまで娘の近くで穏やかな日々を送りました。

ヴェラ・リンは、その温かく力強い歌声で、戦争という苦難の時代を生きる人々に希望を与え、また戦後も長きにわたり多くの人々に愛された、まさにイギリスの国民的歌姫でした。

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