ヴェンド人

ヴェンド人：歴史と文化の変遷

はじめに

「ヴェンド人」(Wends, Wenden, vendere, vender) とは、中世ヨーロッパにおいて、ゲルマン人が自らの居住地周辺または領域内に住むスラヴ系民族を指す呼称でした。特定の民族集団を表すのではなく、地理的・歴史的文脈に応じて様々なスラヴ系集団を包括的に指した用語であり、その定義は時代とともに変化していきました。現代においては、主に歴史的文脈で使用されますが、カシューブ人やソルブ人など、特定のスラヴ系民族やその子孫を指す場合もあります。

歴史的変遷

初期：ゲルマン語による呼称

元々はゲルマン人が古代ヴェネト人（Veneti）を指す際に使用した可能性がありますが、民族移動時代以降は東隣に住むスラヴ系民族を指す言葉として転用されたと考えられています。スカンディナヴィアではバルト海南岸のスラヴ人を、神聖ローマ帝国北部ではオーデル川西岸のスラヴ人を指すのに用いられました。

中世：ゲルマニア・スラヴィカとヴェンド人の定義

ポラーブ系スラヴ諸部族の居住地域は「ゲルマニア・スラヴィカ」と呼ばれるようになり、「ヴェンド人」はオーデル川以東の様々なスラヴ系集団（オボトリート族、ルギアのラーン人、ポメラニア人、ソルブ人、ミルツェン人など）を指すようになりました。地域差もあり、南部のドイツ人は北部とは異なる呼称を使用していました。

東方植民とヴェンド人の同化

8世紀以降、ヴェンド人の居住地はフランク王国、そして神聖ローマ帝国に組み込まれていきました。12世紀から14世紀にかけての東方植民により、ドイツ人が大規模に移住し、ヴェンド人の定義は再編されました。帝国内部におけるスラブ語話者という新たな定義の下で、ポーランド人やチェコ人は含まれなくなりました。多くはドイツ人と同化していきましたが、西スラヴ語を維持した地域社会はヴェンド人と呼ばれ続けました。

現代：ソルブ人とカシューブ人

現在、ヴェンド人という呼称は、ドイツ東部ラウジッツ地方のソルブ人と、ポーランド北部ポメラニア地方のカシューブ人を指す場合がありますが、彼ら自身はそれぞれの民族名で呼ばれることを好むのが一般的です。

ヴェンド人の歴史：初期の文献から衰退期まで

初期の文献と考古学的成果

2世紀のプトレマイオスの『ゲオグラフィア』には、バルト海沿岸の住民として「オーエネダイ」が言及されています。これが中世のヴェンド人と同一視できるかについては議論がありますが、現代の考古学的成果は、この地方の先史時代の文化が、中世前期のスラヴ文化へと連続性を持っていることを示しており、オーエネダイは中世ヴェンド人の先祖集団であった可能性が示唆されています。

興隆期（500年～1000年）：部族の分裂と統合

民族移動時代を経て、スラヴ人は南、東、西のスラヴ人に分裂。西スラヴ人の一部はエルベ川とオーデル川の間へ移動し、既に存在していたゲルマン系住民と共存、あるいは混住しました。ゲルマン人は彼らを「ヴェンド人」と呼びました。様々な小部族に分裂したヴェンド人は、居住地に基づいて部族名を定める一方、一部は公領のような大きな勢力に統合されました。オボトリート族やポメラニア人などは、強力な君主の下で勢力を拡大しました。983年には大規模な反乱を起こし、ゲルマン化を遅らせました。

衰退期（1000年～1200年）：ドイツ、デンマーク、ポーランドの圧力

11世紀以降、ドイツ、デンマーク、ポーランドからの圧力は強まり、ヴェンド人の主要な神殿が破壊され、12世紀にはヴェンド十字軍が組織されました。1168年のアルコナ攻略によって、独立したヴェンド人の異教信仰は終焉を迎えました。12世紀から14世紀にかけての東方植民によって、ヴェンド人の土地はゲルマン化が進み、ヴェンド人は少数民族へと転落していきました。

その他の用例

「ヴェンド人」という呼称は、歴史の中で様々な意味でも用いられました。ポラーブ人を指す場合や、19世紀まではドイツでのスロヴェニア人の呼称としても用いられました。また、第二次世界大戦前には旧東ドイツやポメラニアの西スラヴ人を指す一般的な呼称でもありました。テキサス州などへの移民も存在し、独自の文化を一部残しています。スカンディナヴィアにおける使用例や、ヴェネツィアという地名との関連性についての説も存在します。

結論

「ヴェンド人」という呼称は、特定の民族集団ではなく、時代や地域によって異なるスラヴ系集団を指す流動的な概念でした。彼らの歴史は、ゲルマン系民族との接触、同化、そして宗教的、政治的変動によって複雑に彩られています。現代においても、ソルブ人やカシューブ人の歴史を考える上で、重要な要素であり続けています。

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