ヴォイニッチ手稿

ヴォイニッチ手稿：解読不能な謎の古文書

1912年、イタリアで発見された『ヴォイニッチ手稿』は、謎に包まれた古文書として世界中を魅了し続けています。23.5cm×16.2cm×5cmの羊皮紙製で、約240ページ（少なくとも28ページは欠落）から成り、左から右へ記述されています。最大の謎は、そのページ全体に散りばめられた、未だ解読されていない文字と、奇妙で精緻なイラストの数々です。

手稿の内容：絵と文字の不思議な組み合わせ

手稿は、未知の文字列と、植物、天体、女性、そして不可解な機械的装置のような図像が、鮮やかな彩色で描かれたイラストで構成されています。ページの大部分をイラストが占め、文字はイラストの周囲や余白に配置されていることが多く、植物を描いたページが全体の約7割を占めます。これらの植物は、非常に精緻に描かれており、実在する植物をモデルにしていると考えられていますが、特定には至っていません。

天文学や占星術を思わせる円形図や、浴槽のような容器に浸かった女性のイラストなども描かれており、その意味は全く不明です。一部には、中世ラテン語らしき文字列も見られますが、それが本来の記述の一部なのか、後世の書き込みなのかは分かっていません。

特に興味深いのは、植物のイラストが描かれたページです。植物全体を根まで緻密に描いた図は、薬草に関する書物ではないかという推測を生みます。また、天文学的なイラストには、一般的な黄道十二星座とは異なる表現が見られ、射手座がクロスボウを持つ人物、蟹座がザリガニ、蠍座がトカゲのような姿で描かれています。

手稿の文字は、統計的手法による分析からランダムな文字列ではなく、何らかの意味を持つ言語であると推定されていますが、未だ解読には至っていません。イラストについても、様々な解釈が試みられていますが、決定的な結論は得られていません。

歴史：幾多の所有者を経てイェール大学へ

手稿の執筆時期は不明ですが、放射性炭素年代測定の結果、羊皮紙自体は1404年から1438年頃に作られたと推定されています。

1639年、プラハの錬金術師ゲオルク・バレシュが所有していたことが確認できる最古の記録があります。その後、彼の友人であるヤン・マレク・マルチを経て、アタナシウス・キルヒャーの手に渡ったと考えられています。キルヒャーの書簡によると、手稿はかつて神聖ローマ皇帝ルドルフ2世が購入したものだったという逸話も残されています。

その後200年以上の間、手稿の所在は不明ですが、1912年にウィルフリッド・ヴォイニッチによって購入され、彼の名にちなんで「ヴォイニッチ手稿」と呼ばれるようになりました。1969年には、イェール大学のバイネキ稀覯本・手稿図書館に寄贈され、現在ではデジタル化されたものがインターネットで閲覧可能です。

作者と解読の試み：数々の仮説と挑戦

作者については、ロジャー・ベーコンやエドワード・ケリーなど、様々な説が提唱されています。解読の試みも数多く行われていますが、いずれも成功には至っていません。

暗号解読の専門家であるウィリアム・フリードマンも解読に挑戦しましたが、失敗しています。その後も、カタリ派の教義書という説や、フラマン語を基にしたクレオール[[言語]]で書かれているという説、アラビア語やヘブライ語との関連性を示唆する説など、様々な仮説が発表されています。

近年では、中世ヨーロッパにおける女性の性と生殖に関する記述を暗号化したものだという説や、特定の修道女による生活に関する参考書だという説も出ています。

ヴォイニッチ手稿とフィクション

ヴォイニッチ手稿は、その謎めいた性質から、多くのフィクション作品にも登場しています。コリン・ウィルソンの小説では、『ネクロノミコン』の写本として描かれ、ダン・シモンズのSF小説では、重要なプロットデバイスとして用いられています。

結論

ヴォイニッチ手稿は、未だその内容が解明されていない、世界で最も謎めいた古文書の一つです。その解読は、言語学、暗号学、歴史学など、様々な分野の専門家の知恵と技術を必要とする、極めて困難な挑戦であり続けています。しかし、その謎こそが、人々を魅了し、研究を続ける動機となっているのです。

もう一度検索