ヴォル人

ヴォル人：エストニアの文化的少数派

ヴォル人（ヴォルじん、エストニア語: Võrukesed）は、エストニアに居住する民族集団であり、ヴォロ人（ヴォロ語: Võrokõsõq）とも呼ばれます。彼らは一般的に、セトゥ人と同様にエストニア人の下位集団（サブ・ナショナリティ）と見なされており、政府統計などでもエストニア人との区別はされていません。

多くのヴォル人も同様の自意識を抱いており、ヴォル人をエストニア人と対比させるような見方は、むしろ彼らから難色を示されます。しかし、ヴォル地域（民族）運動は、ヴォロ語とその口承文学の独自性に依拠しており、文化的な独自性を維持しようとする動きがあります。

ヴォル人の文化

セトゥ人とは異なり、ヴォル人の宗教や民族衣装は他のエストニア人のものと大差ありません。そのため、ヴォル地域運動はヴォロ語とその口承文学の独自性に重点を置いています。「ヴォロ語能力を持つ者」をヴォル人とする判定基準もありますが、近年ではヴォロ語自体が日常生活から消えつつあるため、この定義に従うことは困難になっています。

「ヴォル地方で生まれ育った人間」という定義を用いることもできますが、少数民族文化自治法に基づく文化的自治を享受する人口基準（3000人以上）は容易に満たされるものの、ヴォル人自身がエストニア人の一部と規定するため、少数民族文化自治法の適用は考慮されていません。

ヴォル人の祖先は、13世紀までヴォルツ湖東岸に居住していた部族集団「ウカンティ」であるとされています。エストニア人の名前は名・姓の順ですが、かつてのヴォル知識人には姓・名順の名前を持つ習慣がありました。現代でも、一部のヴォル知識人は姓・名順の名前を通称やペンネームとして使用しています。

地域運動の潮流

ヴォル地域運動には二つの潮流が存在します。

1. 少数民族としての主張: ヴォル人をセトゥ人とともに、エストニア人と対等な少数民族として主張するグループ（カウクシ、カイト・カマ、ユヴァなど）。彼らはロシアのフィン・ウゴル系民族であるコミ人、マリ人、ウドムルト人とも連携し、ヴォロ語の「少数民族語」化を国際機関に訴えています。
2. 地域活性化への貢献: ヴォル人が現状エストニア人の下位集団であることを認めつつ、ヴォル地方の愛郷心を刺激して地域の活性化を図るグループ（エン・カサクなど）。彼らはヴォロ語を「地域語」とすることで、地域住民の自意識を高め、都市への頭脳流出と過疎化を食い止めようとしています。

ソビエト連邦からのエストニア独立回復直後には、前者のような急進的な立場の力が強かったものの、その後は後者のような穏健な認知要求・啓蒙運動が主流となっています。ただし、いずれの立場もエストニアからの独立や自治などの強い要求を唱えるものではありません。

ヴォル人は、エストニア社会の中で独自の文化とアイデンティティを保持しながら、地域社会の発展に貢献しようとしています。彼らの活動は、言語と文化の多様性を尊重する現代社会において、重要な意味を持つと言えるでしょう。

参考文献

* 寒水明子『地域主義運動における言語と知識人 - エストニア南部ヴォル地方の事例から』（博士（学術）論文・文化科学研究科地域文化学専攻）総合研究大学院大学、1998年。

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