一番病

『一番病』：競争社会の歪みを描く水木しげるの短編

『一番病』は、水木しげるが1969年に発表した短編漫画作品であり、同名の作中に登場する病気の名前でもあります。この作品は、もともと『ビッグコミック』に連載されていた『水木氏のメルヘン』の一編として発表されましたが、独立した読み切り作品としても広く知られています。

作品の背景とテーマ

水木しげるは、この作品で、常に一番であろうとする人々の姿を、手塚治虫をモデルにして描いたと述べています。作中では、棺桶職人が「一番」になることばかりを追い求める姿が描かれていますが、これは当時の漫画家たちが、超多忙な日々を送りながらも、互いに徹夜自慢をしていた状況を反映しているとも言われています。ノンフィクション作家の足立倫行は、作中に登場する棺桶業界を、当時の漫画界のメタファーであると指摘しており、水木しげる自身も、後年の書籍で手塚治虫との関係について回想しています。そこでは、手塚治虫の常に一番であろうとする姿勢を、尊敬の念を込めながらも、どこか批判的に捉えている節が見られます。

あらすじ

舞台は江戸時代。主人公の徳兵衛は、腕利きの棺桶職人として名を馳せていますが、その心は常に嫉妬と競争心に支配されています。同業者の動向が気になって仕方がなく、彼らに負けじと無理な増産を続けた結果、過労で倒れてしまいます。しかし、それでも棺桶作りを止めようとしません。そんな徳兵衛の様子を心配する妻に対して、弟子の幸吉は「先生は『一番病』という病気で、先生にとっては苦しみではなく最大の楽しみなんだ」と語ります。この言葉が示すように、徳兵衛は「一番」であることへの執着によって、自らを苦しめながらも、それを生きがいとしてしまっているのです。

主な登場人物

徳兵衛：江戸で一番の棺桶職人だと自負しており、月300個もの棺桶を制作する。多方面から評価を得ている一方で、常に同業者の動向を気にし、競争心を燃やしている。棺桶の審査員や座談会、博覧会などにも積極的に参加する。
幸吉：徳兵衛の弟子で、チーフを務めている。激務をこなす一方で、棺桶業界を冷静に見つめている。
妻：徳兵衛の働きすぎをいつも心配し、諌めている。

書誌情報

『一番病』は、以下の短編集に収録されています。

『妖怪パラダイス 水木しげる短編集2 一番病』（嶋中書店、2002年）
『畏悦録 水木しげるの世界』 (角川文庫、2007年)
『水木しげる妖怪傑作選4 コケカキイキイ』（中公文庫、2008年）
『水木しげる妖怪傑作選1 コロポックルの枕』（中央公論新社、2008年）
『水木氏のメルヘン[全] 他』（講談社、2016年）

『一番病』が示すもの

『一番病』は、現代社会にも通じるテーマを描いた作品です。過剰な競争や成功への執着は、時に人を狂気に駆り立て、本来の目的を見失わせることがあります。この作品を通して水木しげるは、競争社会の歪みを鋭く批判し、私たちに「本当に大切なものは何か」を問いかけているのです。また、手塚治虫との関係を背景に、成功者の孤独や苦悩についても描いていると解釈することもできるでしょう。

参考文献

水木しげる『水木サンの幸福論』角川文庫、2007年。
足立倫行『妖怪と歩く ドキュメント・水木しげる』新潮文庫、2010年。

外部リンク

* 水木しげるが作中に遺した｢エリート病｣への皮肉 - 東洋経済オンライン

この作品は、単なる風刺漫画としてだけでなく、現代社会を生きる私たちにとって、自身の価値観や生き方を見つめ直すきっかけとなる作品と言えるでしょう。

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