一遍聖絵

一遍聖絵：鎌倉時代の躍動感あふれる宗教絵巻

「一遍聖絵」（いっぺんひじりえ）または「一遍上人絵伝」（いっぺんしょうにんえでん）は、鎌倉時代後期の絵巻物で、国宝に指定されています。時宗の開祖である一遍上人の生涯を描いたもので、全12巻からなる壮大な作品です。

制作の背景と目的

一遍上人の弟子と伝えられる聖戒が、師への報恩のため、1299年（正安元年）に制作したとされています。絵は画僧の円伊、詞書は複数の能書家が担当しました。作品中には、一遍上人の布教活動が、九州から奥州まで広範囲にわたって描かれています。聖戒は作中で一遍上人に同行したり、旅先から書状を受け取ったりする場面も描かれており、二人の師弟関係の深さがうかがえます。

「一遍聖絵」は「六条縁起」とも呼ばれ、時宗十二派の一つである六条派（本寺は六条歓喜光寺）が、一遍上人の正統的継承者であることを主張する意図もあったと推測されています。他阿真教の「遊行派」を意識した制作背景も見られますが、『遊行上人縁起絵』のような強い教団色は持たず、対照的な作品となっています。

写実性と芸術性

「一遍聖絵」は、人物よりも背景の自然描写に重点が置かれており、四季折々の風景が美しく描かれています。名所図絵のような趣も持ち合わせています。人物や建造物の描写は写実的で、鎌倉時代の写実主義的傾向が見て取れます。山水の描写には中国宋代の画風が影響していると言われています。大和絵の伝統と宋画の力強い表現が融合した独自の画風は、類似の作品から「円伊派」の存在を示唆する根拠ともなっています。詞書は五彩に染めた絹布に書かれ、当時の著名な能書家たちの筆跡が見られます。

踊念仏の描写

作品の中でも特に印象的なのは、一遍上人による踊念仏の場面です。複数の巻にわたって、高床の櫓を舞台に、多くの僧侶が一遍上人とともに輪になって歌い踊る様子が躍動的に描かれています。具体的には、小田切里、片瀬の浜、関寺、市屋道場、上野、淡路の二の宮など、各地での踊念仏の様子が克明に表現されています。これらの描写は、当時の踊念仏の様子を知る上で貴重な資料となっています。片瀬の浜の地蔵堂の推定地には現在公園があり、そこには「一遍聖絵」第六巻のパネルが設置されています。

現存する作品

現在、主なものとして「歓喜光寺本」と「御影堂本」の二系統があります。

歓喜光寺本: 神奈川県清浄光寺蔵（京都・歓喜光寺旧蔵）。全12巻48段からなり、国宝指定されています。第7巻は後補で、原本は東京国立博物館に所蔵されています。

御影堂本: 複数の場所に分散して伝来しており、複写本であるため、原本とは異なる点があります。

まとめ

「一遍聖絵」は、単なる宗教絵画にとどまらず、鎌倉時代の社会、文化、そして芸術性を伝える貴重な歴史的資料です。写実的な描写と、躍動感あふれる踊念仏の場面、そして美しい風景描写は、現代においても見る者を魅了し続けています。その芸術的価値だけでなく、歴史的・宗教的な側面からも、高い評価を受けている作品です。様々な研究書も出版されており、歴史や美術に興味のある方は、ぜひ詳細な資料を参考にしながら、この名作の絵巻の世界に触れてみてください。

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