上ヶ汐福治郎

上ヶ汐 福治郎

明治から昭和初期にかけて活躍した力士、上ヶ汐福治郎は、本名を渡辺福次郎といい、1881年3月5日に現在の茨城県筑西市下館地区に生まれました。若藤部屋、伊勢ノ海部屋、友綱部屋と複数の部屋を渡り歩き、相撲道に精進しました。身長171cm、体重79kgという、現代の力士と比べれば決して恵まれた体格ではありませんでしたが、その技術と粘り強さで土俵を務め上げました。

力士としての歩み

上ヶ汐の角界での第一歩は、1899年5月場所の序ノ口でした。しかし、順調な出世の途上で、日露戦争の勃発という国家の一大事に直面します。彼は応召され、一時的に土俵から離れて戦線に赴きました。無事帰還した後、再び相撲界へ戻り、鍛え直し、1907年5月場所で関取の地位である十両への昇進を果たします。この場所から「上ヶ汐福治郎」の四股名を名乗るようになりました。

上ヶ汐は、右四つからの攻めを得意とし、相手の体勢を崩して繰り出す上手投げや、すかさず相手の懐に潜り込んで決める掬い投げなど、多彩な技を持っていました。体格を補う巧みな相撲で勝ち星を重ね、十両をわずか2場所で通過。1909年1月場所には、ついに最高位の幕内力士の地位まで駆け上がりました。

幕内在位は通算7場所。ここでの成績は18勝37敗7休8分預と、勝ち越しには恵まれませんでしたが、番付は自己最高位となる西前頭3枚目にまで達しました。また、現役中の1912年5月場所からは四股名を「若藤福治郎」と改名しています。さらに特筆すべきは、十両昇進と同じ1907年5月の時点で、すでに年寄名跡である8代若藤を襲名しており、現役力士と年寄を兼ねる「二枚鑑札」という、当時としても異例の道を歩んでいたことです。これは、彼が若藤部屋と深い縁があり、将来の指導者としての期待が大きかったことを示唆しています。1913年5月場所を最後に現役を引退し、年寄専任となりました。

年寄・若藤としての功績

土俵を降りた若藤福治郎は、年寄として相撲協会の運営と後進の指導に尽力しました。特に、協会の重要な業務である地方巡業において、その手腕を大いに発揮します。巡業の「先乗り」という役職は、本隊に先駆けて開催地に赴き、興行場所の確保や設営、宿泊・移動の手配、地方の興行主や有力者との交渉、そして地域への宣伝活動など、巡業を円滑かつ成功裏に進めるために欠かせない、多岐にわたる準備を一手に引き受ける重責でした。若藤は、この先乗り役として卓越した調整能力と交渉力を発揮し、全国各地での巡業興行に大きく貢献したと伝えられています。

また、協会の運営においてもその才能を発揮し、協会の最高執行部である「理事」も務めました。これは、彼の相撲界における人望と、組織運営に関する能力が高く評価されていたことの証です。年寄として、力士の育成だけでなく、巡業や協会運営といった裏方としても相撲界の発展に不可欠な役割を果たしました。

晩年と最期

相撲界への貢献を続ける若藤を、非情な運命が襲います。可愛がっていた弟子の力士、沖ツ海福雄が巡業中に不慮の事故で急逝するという悲劇に見舞われたのです。この出来事は、師として、また父のように弟子を思っていた若藤にとって、計り知れない精神的な打撃となりました。深く心を痛め、気落ちする日々を過ごしましたが、弟子の志を継ぎ、再び部屋を盛り立てていこうと決意を固めます。

しかし、部屋再興に向けて新たな一歩を踏み出そうとしていた矢先のことでした。病魔に侵されていた彼の体は、志を果たすことを許しませんでした。1935年6月12日、胃癌のため54歳という若さで、力士として、また相撲協会の重鎮として相撲界に尽くした生涯を閉じました。

上ヶ汐福治郎、そして若藤福治郎として生きた彼の人生は、日露戦争従軍という異色の経歴や、現役中の二枚鑑札、年寄としての巡業運営や協会運営への貢献、そして弟子の死という悲劇と、相撲人生の光と影を併せ持っていました。彼の相撲界に残した足跡は、多くの人々に記憶されるべきでしょう。

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