上梨白山宮

富山県南砺市（旧平村）上梨地区に鎮座する上梨白山宮（かみなしはくさんぐう）は、五箇山地域の歴史と信仰を伝える重要な存在です。その本殿は、富山県内に現存する木造建造物の中で最も古いとされ、国の重要文化財に指定されています。また、上梨集落に伝わる「白山宮信仰関係資料」も、中世以来の深い信仰の歴史を物語る資料として、南砺市の有形文化財に指定されています。

由緒と伝承

上梨白山宮の起源については、天保14年（1833年）に編纂された縁起にその詳細が記されています。それによると、奈良時代の元正天皇の御代（715年-724年）、高僧である泰澄大師が、観音様のお告げを受けて人形山（にんぎょうさん）に堂塔を建立し、尊像を安置したのが始まりと伝えられています。しかし、その堂塔は後に戦火によって焼失してしまいました。その後、平安時代の大治2年（1125年）に、上梨村の市良右衛門の夢に人形山の白山権現が現れ、上梨村に遷座して氏神として祀れば、村の繁栄を守護するだろうと告げたといいます。このお告げに従い、市良右衛門は泰澄大師作と伝わる尊像を人形山から上梨集落へ移し、現在の白山宮が形成されたと伝えられています。現在、人形山にある宮屋敷跡とされる場所が、かつて白山宮があった場所と考えられています。

歴史の中の白山宮

南北朝時代に入り、南朝方の落人などが五箇山地域に流入したことにより、集落の形成が進みました。この頃から、利賀谷の大豆谷八幡宮や上梨白山宮において、五箇山地域で最も古い部類に入る文字資料が残されるようになります。大豆谷八幡宮の神像に見られる「永和」（1375年-1379年）や「明徳」（1390年-1392年）といった年号銘、そして上梨白山宮の仏像後頭部に記された「応永二年（1395年）」の銘は、この時期の活発な集落活動を示す貴重な史料と位置づけられています。残念ながら、白山宮の仏像後頭銘は現在摩耗して判読困難ですが、郷土史家の高桑敬親（たかくわけいしん）は、これを砺波郡の貴船城主であった石黒重行が応永二年と十八年に修復を行い、武運長久を祈願した記録であると読み解いています。

室町時代後半には、荘園制度の崩壊と共に、地域社会の単位としての「郷村」が発展しました。これに伴い、古文書には「村殿」と呼ばれる有力者（名主）が登場するようになります。上梨白山宮に残る文亀二年（1502年）の棟札には、「越中国利波郡坂本保内上梨村」という記載が見られますが、これは五箇山地域内の具体的な地名（上梨）が記された現存最古の文字史料です。棟札に名が記されている「高桑新兵衛」は、この頃五箇山地域に現れ始めた「村殿」の一人であると考えられています。なお、棟札にある「坂本保」の具体的な内容は不明ですが、年貢徴収の単位であり、在地領主による開墾・農事奨励の地域であった可能性が指摘されています。

信仰の変遷と白山宮

戦国時代になると、五箇山地域には浄土真宗の教えが急速に広まり、赤尾の行徳寺や坂上の西勝寺といった寺院や念仏道場が集落の精神的な中心となっていきました。赤尾谷新屋にある道善寺の所蔵文書には、八幡神を阿弥陀如来と同一視する記述があり、これは既存の白山系の八幡信仰や熊野信仰から、真宗への信仰対象が移り変わっていった過程を示すものと考えられています。実際、戦国時代に北陸地方で特に一向一揆が盛んだった越中国西部、加賀国、越前国北部、そして飛騨国北西部（白川郷）は、白山信仰の分布圏とほぼ一致していることが指摘されています。

このような真宗優勢の時代における上梨白山宮のあり方を示す記録として、文化10年（1813年）に刊行された「五ッ山謎記」に収められた唄があります。この唄によると、上梨村の白山冥利大権現の神社に棲みつき、往来する人々に害を与えていた山蜘蛛が退治されたという物語が語られています。一向一揆史の研究者である井上鋭夫（いのうえとしお）氏は、この山蜘蛛退治の物語を、応永30年（1423年）に朝倉氏と三木氏が白山麓で南朝方の勢力を討伐した出来事を指していると推測しています。そして、「山蜘蛛」と蔑称されたような「山の民」こそが、既存の支配体制を超えた真宗教団の成立に寄与したのではないか、と評しています。

江戸時代以後、五箇山地域の信仰は浄土真宗が圧倒的な中心となり、真宗以外の信仰に関する資料は少なくなります。しかし、上梨集落では室町時代に建立されたとみられる白山宮の本殿が大切に維持され、33年ごとのご開帳も続けられてきました。昭和28年（1953年）のご開帳に際して大鳥居が竣工し、その後、昭和35年（1958年）5月14日には国の重要文化財に指定されました。

白山宮本殿

上梨白山宮の本殿は、先述の文亀二年（1502年）付けの棟札が残されており、これは建築年代が特定できる富山県内の木造建築としては最も古いものであり、非常に貴重な文化財と位置づけられています。本殿は一間社流造（いっけんしゃながれづくり）の形式で、正面の柱間は約1.5m、身舎の側面は約1.29m、向拝（こうはい、屋根の張り出し部分）の出は約0.81mです。身舎には丸柱が用いられ、腰と内法（うちのり）には長押（なげし）が打たれています。柱上には舟肘木（ふなひじき）が載せられ、桁を受けています。また、側面には虹梁（こうりょう）が架けられ、その上の又組み（またぐみ）に大斗（だいと）・模様木（もようぎ）を置いて棟木を受け、妻飾り（つまかざり）としています。屋根は切妻造りに庇（ひさし）を付けた流造りで、伝統的な木造社殿の形式を踏襲しています。

昭和29年（1954年）には、越中白山宮奉讃会を中心に本殿の解体修理が行われ、この時の詳細な報告書「白山宮修理工事報告書」が刊行されています。同年の10月12日には富山県の文化財に指定され、昭和35年（1958年）5月14日に国の重要文化財となりました。さらに、昭和56年（1979年）からは境内整備が行われ、本殿と拝殿は一段高い位置へ移動され、本殿はかつて権現が鎮座していた場所に戻されています。

白山宮信仰関係資料

上梨地区が所有する「白山宮信仰関係資料」は、五箇山地域における中世以来の信仰の軌跡を伝える文化財群です。木彫仏群や室町時代の懸仏（かけぼとけ）群をはじめ、祭祀に用いられた道具や奉納品など、合わせて25件（総数69点）が、令和元年（2019年）12月24日付で南砺市の有形文化財に指定されました。これらの資料の中でも特に注目されるのが「白山本迹曼荼羅図」です。この曼荼羅図は、江戸時代後期まで白山美濃馬場長滝寺に所蔵されていたことが確認されており、制作は室町時代末期にまで遡ると推定されています。本地仏（仏や菩薩）と垂迹神（日本の神）、そして尾張・美濃から白山の山頂に至るまでの景観が組み合わせて描かれる独特な構成や、画面中央に白い衣の男性が座り、本地仏からの光が差す図様など、他に類を見ない特異な構成と図様を持つ、極めて貴重な作例として評価されています。

近隣情報

上梨白山宮周辺には、世界遺産に登録されている合掌造りの集落の一つである村上家住宅をはじめ、こきりこ節を紹介するこきりこ館、伝統的な酒造りを続ける三笑楽酒造株式会社、真宗の円浄寺などがあり、いずれも上梨集落内に位置しており、徒歩数分圏内でアクセス可能です。

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