一向一揆

一向一揆：戦国時代の宗教と抵抗運動

戦国時代、浄土真宗本願寺教団（一向宗）の信徒たちが起こした一揆を、私たちは一向一揆と呼びます。これは単なる農民反乱ではなく、宗教的信念と社会構造、権力抗争が複雑に絡み合った、大規模かつ長期にわたる抵抗運動でした。

一向一揆の形成と勢力拡大

一向一揆は、本願寺派の寺院や道場を中心とした強固な信仰組織によって支えられていました。蓮如上人の「当流の安心は弥陀如来の本願にすがり一心に極楽往生を信ずることにある」という教えは、農民や武士、商工業者らに深く浸透し、地域社会における結束を高めました。彼らは宗教的な一体感だけでなく、互いに助け合う自治的な共同体を形成し、経済的にも自立した独自の社会基盤を構築していったのです。

加賀守護富樫政親を滅ぼした長享2年（1488年）の加賀一向一揆は、その勢力の大きさを世に知らしめる出来事でした。その後、各地で一向一揆が勃発し、勢力を拡大していきます。特に、摂津大坂、伊勢長島、三河矢作川流域など、湿地帯を開墾して発展させた地域では、高度な治水技術が用いられ、安定した豊かな町が築かれていました。これらは一向一揆が単なる反乱集団ではなく、独自の社会システムを構築していたことを示しています。

権力者との対立と抗争

しかし、一向一揆の勢力拡大は、既存の権力者、特に武家政権にとって大きな脅威となりました。一向一揆は、領主や支配者の権威に服従せず、独自の政治的行動を取ることが多々ありました。このことは、織田信長ら権力者による激しい弾圧へとつながっていきます。信長は、一向一揆を宗教政策への反抗勢力と見なし、非戦闘員を含む徹底的な殲滅作戦に出たという見解もあります。それは、一向一揆の活動を宗教者として失格であると内外に示すための、政治的メッセージでもあった可能性があるのです。

実際、各地の守護大名や戦国大名は、一向一揆を抑制するために禁止令を発布しています。永正3年（1506年）の朝倉氏による禁止令、大永元年（1521年）の長尾氏による禁止令、天文24年（1555年）の相良氏法度など、その例は枚挙にいとまがありません。これらの禁止令は、一向一揆の勢力拡大を食い止める効果は限定的であり、むしろ一層の対立を招いたと考えられます。

一向一揆と織田信長

織田信長との対立は、一向一揆の歴史における最大の転換点となりました。石山合戦（1570年～1580年）は、本願寺第十一世・顕如が雑賀衆、浅井氏、朝倉氏、武田氏、上杉氏、毛利氏など多くの勢力と連携し、信長包囲網の中核を担う一大抗争でした。長島一向一揆や越前一向一揆など、各地の一向一揆も織田氏と激しく戦いました。しかし、天正8年（1580年）、信長に敗れた顕如が石山本願寺を退去すると、本願寺の分裂なども重なり、一向一揆は勢力を失っていきます。天正10年（1582年）の鳥越城落城をもって、加賀一向一揆は終結しました。

一向一揆の遺産

一向一揆は、戦国時代の宗教的・政治的風景を大きく変えた運動でした。その強固な信仰組織、高度な社会基盤、そして権力者に対する抵抗は、後の時代にも影響を与え続けました。江戸時代には、薩摩藩や人吉藩で一向宗（浄土真宗）が禁教とされたことも、一向一揆の社会的影響の一端を示しています。一向一揆は、単なる一揆という枠組みを超え、戦国時代の歴史、宗教、社会構造を理解する上で欠かせない重要な出来事なのです。

主要な一向一揆一覧

近江・金森合戦（1466年）：史上初の一向一揆
越中一向一揆（1480年～1576年）
加賀一向一揆（1488年～1582年）
享禄・天文の乱（大小一揆）（1531年）
畿内（奈良）一向一揆（1532年）：大和天文一揆
三河一向一揆（1563年～1564年）
石山合戦（1570年～1580年）：織田信長との一大抗争
長島一向一揆（1570年～1574年）
* 越前一向一揆（1574年～1575年）

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