中世日本の被差別民

本項では、おおよそ平安時代後期から室町時代、そして戦国時代に至るまでの中世日本において、特定の社会集団として認識されていた被差別民について詳述します。中世社会の中で彼らがどのような役割を果たし、他集団といかなる関係性を持っていたのかという問いは、1980年代以降、網野善彦氏らを中心とした歴史研究によって急速に深掘りされてきましたが、その社会的位置づけや歴史的評価については、いまだ定説が確立されていません。活発な議論が続けられている、現代の部落問題とも深く関連するテーマの一つです。

多様な呼称と分類

中世の被差別民は、しばしば「非人」という総称で呼ばれることが一般的でした。しかし、その実態は多様であり、活動場所や生業によって細分化されていました。具体的には、「河原者」「宿の者」「散所民」「声聞師（唱門師）」などが挙げられます。ここで注目すべきは、この時代において「穢多」という名称が用いられる場合、それは「河原者」の別称として認識されていたという点です。これらの多様な呼称は、当時の社会が彼らを一括りにするのではなく、それぞれの集団が持つ特性や社会的な役割に応じて異なる名で呼んでいたことを示唆しています。

担った生業

彼らが従事していた生業は多岐にわたり、当時の社会経済活動において重要な役割を果たしていました。主なものとしては、動物の皮革加工や屠畜といった、生命に関わる仕事。また、都市や寺社などの環境を維持するための清掃業。さらに、庭園の造設や修繕といった造園業なども彼らの手によって担われていました。加えて、歌や舞、曲芸など、広範な芸能活動も彼らの重要な生業の一つでした。これらの職業は、当時の社会通念において「穢れ」と結びつけられることの多いものでしたが、同時に社会が円滑に機能するために不可欠なものでもありました。

社会的位置づけと特徴

中世における被差別民の最大の特徴は、その社会的位置づけが多層的で流動的であった点にあります。大陸からもたらされた、あるいは日本古来の信仰と融合した「穢れ」観念の浸透により、彼らは一般大衆から賤視される傾向にありました。しかし、その一方で、全てが社会の最底辺に置かれ、完全に隔離されていたわけではありません。例えば、室町幕府の将軍であった足利義政が、優れた造園家であった善阿弥（河原者であったとされる）を庭師として重用した事例に見られるように、その能力や特定の技能が評価され、時の権力者に接近することも可能でした。これは、近世に入って身分制度がより固定化され、被差別民が集落として隔離されていった状況とは大きく異なります。

中世社会全体が、律令制下のような厳格な階級制度でも、近世のような固定的な身分制度でもない、高い流動性を持つ時代でした。被差別民もまた、この社会全体の特性の中に位置づけられており、いわゆる「五色の賤」に代表される律令制下の賤民や、近世における特定の地域に固定化された世襲階級としての近世部落のような、固定的・世襲的な階級として確立されていたわけではありませんでした。

歴史的連続性をめぐる議論

中世の被差別民が、それ以前の時代の賤民とどのような関係にあったかについては、研究が進んでいます。特に、律令制下で存在した「五色の賤」といった賤民身分との直接的な歴史的連続性については、現在ではほぼ否定的な見解が主流となっています。しかし、中世の被差別民が、江戸時代以降に形成された近世部落の起源とどのように繋がるのか、という点は、歴史研究における現在最も主要かつ活発な議論テーマの一つとなっています。彼らの存在形態や社会構造が、後世の被差別集団の形成にどのように影響を与えたのか、その連続性の有無や性質を巡る研究は、部落の起源論争とも密接に関わっており、歴史学だけでなく社会学など様々な分野からアプローチされています。

中世日本の被差別民に関する研究は、彼らの実像を多角的に捉え直し、現代社会における部落問題や差別問題の根源を理解する上でも極めて重要な視点を提供しています。今後も研究のさらなる進展が期待されています。

中世日本の被差別民