中国におけるイスラームの歴史

中国におけるイスラームの歴史：7世紀から現代まで

本稿では、7世紀に中国へイスラームが伝来して以来、21世紀の現代に至るまで、中国におけるイスラームの歴史を多角的に考察します。政治的・社会的地位、文化交流、宗教的実践、そして現代の課題にまで焦点を当て、その変遷を詳細にたどります。

イスラームの伝来：諸説と651年の定説

中国へのイスラーム伝来年代については、諸説が入り乱れています。『旧唐書』の記述に基づく651年（永徽2年）が有力な説とされていますが、それ以前の説も存在します。隋の開皇年間（581～600年）説、587年説、607年説、唐の武徳年間（618～626年）説、628年説、632年説などです。しかし、イスラーム成立以前の年代については、歴史的根拠に乏しく、651年説が最も広く支持されています。とはいえ、盛んな交易活動から、これより以前からムスリムが中国に存在した可能性も否定できません。

唐宋代：商人の活躍と文化交流

唐宋代において、ムスリムは主に商人として中国を訪れ、広州などの貿易港を中心に定住しました。彼らは経済活動を通じてイスラーム文化を伝え、回回医薬学などの分野で大きな貢献を果たしました。モスクも各地に建設され、ムスリム社会が徐々に形成されていきました。彼らは徐々に中国文化と融合し、漢人との混血も進みました。しかし、イスラームは宗教として認識されることはなく、唐代の宗教政策においても、追放の対象にはなりませんでした。751年のタラス河畔の戦いは、イスラームと中国の関係に影響を与えましたが、軍事的な本格的な進出には繋がりませんでした。北宋時代には「回回」という名称がムスリムを指す一般的な呼称となりました。

元代：ムスリムの台頭と漢回対立の萌芽

元朝時代は、中国におけるムスリムの勢力が大きく伸張した時代です。元朝はムスリムに優遇的な政策をとり、色目人の地位を与えました。ムスリムは軍事、経済、文化の各分野で重要な役割を果たし、イスラームは中国全土に広まりました。この時代、ムスリムは回回砲の技術などを通じて軍事面でも貢献しました。しかし、元朝の特権的な地位を得たムスリムは、漢人からの反発を招き、後の漢回対立の伏線ともなりました。

明代：抑圧と漢語によるイスラーム解釈

明朝では、元朝とは異なり、ムスリムは抑圧を受けました。アラビア語やペルシア語の禁止、ムスリム同士の結婚制限など、漢化政策が進められました。これにより、漢語によるイスラーム解釈が盛んになり、「経堂語」や独自の文字が生まれます。しかし、ムスリム人口は着実に増加し、文化面においても漢人とより密接な関係を築いて行きました。明代には経済的差別や侮蔑的な行為が契機となり、漢回対立が顕在化し始めます。

明末清初：イスラーム改革と神秘主義の伝来

明末清初には、イスラーム改革が進められました。「回儒」と呼ばれる儒学に精通したイスラーム学者の活躍、西方からのイスラーム文献の輸入、そして神秘主義のスーフィー思想の伝来により、「門宦」と呼ばれる教派が誕生しました。これらの動きは、中国イスラームのあり方を大きく変えました。王岱輿は『正教真詮』を著し、「清真教」という名称を広めました。

清代：反乱と新疆支配

清朝においても、イスラームは認められていましたが、ムスリムに対する干渉や圧迫は強まっていきました。乾隆帝による新疆支配は、中国におけるムスリム地域支配の始まりでしたが、同時に、清朝とムスリム勢力との間の緊張関係の始まりでもありました。19世紀には、ムスリムによる大規模な反乱が頻発し、漢回対立は激化しました。特に新疆での反乱は、イスラーム法に基づく独自の政権が成立するまでに至りました。これらの反乱は、ムスリム社会に大きな犠牲と衰退をもたらしました。また、アヘン戦争後、キリスト教宣教師による中国ムスリムへの宣教活動も活発化しました。

清末から民国初期：イスラーム改革と愛国主義

清末から民国初期にかけては、イスラーム教育の近代化を求める改革運動が盛んになり、イフワーニー派や西道堂派などの新たな潮流が生まれました。また、ムスリムの愛国主義が高まり、「中国伊斯蘭教協会」などのイスラーム団体が設立されました。ムスリムは近代教育を取り入れながら、国家意識や民族アイデンティティの確立を目指しました。辛亥革命では、一部のムスリムが革命運動に積極的に参加しました。しかし、社会的な差別や貧困状態は依然として残りました。この時代には、「南華文芸・北新書局事件」という、イスラームに対する侮辱的な表現を巡る騒動がありました。また、日本は満州事変以降、中国のムスリムへの工作活動を行いました。

中華民国：五族協和と回民軍閥

中華民国では、「漢・満・蒙・回・蔵」による五族協和が謳われ、回族は独立した民族として認められました。しかし、政府の積極的な政策は不足しており、社会的差別や貧困は解消されませんでした。寧夏、甘粛、青海などでは、ムスリムの軍閥である「馬」姓の勢力が大きな影響力を持っていました。

中華人民共和国：自治区の設置と弾圧

中華人民共和国成立後、回族は少数民族として認められ、新疆ウイグル自治区や寧夏回族自治区などが設置されました。しかし、反右派闘争や文化大革命においては、イスラームは弾圧を受け、多くのモスクが破壊され、ムスリムは迫害を受けました。改革開放政策以降は、宗教活動の自由が保障され、モスクの修復などが進みましたが、政府による宗教活動の統制も強化されました。

現代の課題：分離独立運動とイスラモフォビア

現代において、特に新疆ウイグル自治区では、テロリズムや分離独立運動が大きな問題となっています。テュルク系ムスリムによる暴力事件や中国政府による厳しい弾圧は、国際的な懸念を引き起こしています。中国国内では、イスラモフォビアが広がりつつあり、ムスリムに対する偏見や差別が深刻な問題となっています。中国政府は「宗教中国化」政策を進めており、モスクの改修やイスラーム教育の統制など、イスラームのあり方を大きく変えつつあります。

もう一度検索