中尾謙太郎

中尾謙太郎（1933年3月6日 - ）は、日本中央競馬会（JRA）に所属した名調教師である。その名は、日本競馬史に輝く名馬シンザンとの関わり、そして厩務員から調教師への類まれなキャリアパスによって、競馬ファンだけでなく競馬関係者の間でも広く知られている。

中尾は1933年、京都競馬場で厩務員を務めていた中尾嘉蔵の長男として生まれた。幼少期は太平洋戦争下の厳しい状況を経験するも、戦後、京都に戻り武田文吾厩舎で厩務員として働き始めた。長身だったことから競馬場内では「タケノコ」の愛称で親しまれていたという。

彼の運命を大きく変えたのは、シンザンとの出会いである。1963年、武田厩舎には期待の3歳馬オンワードセカンドがいたが、様々な事情から中尾はシンザンの担当に配属された。当時はシンザンへの期待はそれほど高くなかったが、中尾はシンザンの才能を見抜き、献身的にサポートした。

その結果、シンザンは1964年、史上2頭目のクラシック三冠を達成。さらに天皇賞（秋）と有馬記念も制覇し、日本競馬史上初の五冠馬となった。シンザンと共に過ごした日々は、中尾の競馬観を大きく深め、彼を調教師への道へと導いたのである。

しかし、当時の競馬界において厩務員が調教師になることは、極めて異例なことだった。厩務員は「馬丁」や「別当」と呼ばれ、騎手や調教助手とは全く異なる、下位の存在と見なされていた。中尾が調教師試験を受けた際には、競馬会の職員から「あんた、ちょっとおかしいんじゃないのか」とまで言われたという逸話が残されている。周囲の反対や偏見を跳ね除け、中尾は何度も試験に挑戦し続けた。7回不合格の後、1974年、ついに8度目の挑戦で合格。厩務員出身者として初の調教師となったのである。

この中尾の成功は、他の厩務員たちに大きな勇気を与え、1978年には弟の中尾正も調教師免許を取得。時代と共に厩務員出身の調教師は増加していき、中尾はまさにその先駆者となったと言えるだろう。

1976年、中尾は栗東トレーニングセンターに自身の厩舎を開業。開業当初から順調に勝利を重ね、1990年代には有力馬主・山路秀則氏から多くの馬を預託されるようになる。ナリタハヤブサ（1991年JRA賞最優秀ダートホース）、ナリタタイセイ、ナリタキングオーといった名馬を管理し、競馬界で大きな存在感を示した。

そして1996年、中尾は調教師生活20年余りで悲願のGI制覇を成し遂げる。桜花賞を制したのは、ナリタタイセイの妹であるファイトガリバーだった。この勝利は、中尾の長く険しい道のりを象徴するものであり、彼の努力と情熱を物語るものである。

その後も中尾はキョウトシチーでドバイワールドカップに挑戦するなど、国際的な舞台にも進出。2004年、定年により調教師を引退したが、通算成績は5144戦490勝、重賞16勝という輝かしいものだった。引退後は地方競馬の馬主として活躍している。

中尾謙太郎は、シンザンという伝説的名馬との出会い、そして厩務員から調教師への異例のキャリアを築き上げた人物である。彼の生き様は、多くの人々に勇気と感動を与え続けている。彼の功績は、単なる調教師としての勝利の数だけではない。それは、競馬界の常識を覆し、後進の育成に貢献した、パイオニアとしての輝かしい功績でもあるのだ。彼の物語は、今もなお、多くの競馬関係者、そして競馬ファンたちの胸に刻まれている。

もう一度検索