中村十作

中村 十作（なかむら じゅうさく）は、慶応3年（1867年）に越後国頸城郡稲増村（現在の新潟県上越市板倉区稲増）に生まれた実業家、請願家です。代々庄屋を務める家柄の出身でした。

東京専門学校（現在の早稲田大学）を中途退学後、海軍に入隊しましたが、やがて新しい事業として真珠養殖に目を向けます。1892年（明治25年）、その適地を求め、沖縄県下の宮古島へと渡航しました。

しかし、宮古島に到着した中村が目の当たりにしたのは、琉球王国時代から続く苛烈な人頭税によって極度の貧困にあえぐ島民たちの姿でした。この税は年齢に関わらずほぼ均一に賦課され、現金収入の少ない島民にとっては重い負担となり、生活を破綻させていました。その惨状を見かねた中村は、自身の事業よりも島民の救済を優先することを決意します。

中村は、同時期に精糖業技師として宮古島を訪れていた城間正安（しろま せいあん）と連携し、人頭税制度の廃止に向けた運動を開始しました。まず、当時の沖縄県知事であった奈良原繁（ならはら しげし）に対し、人頭税撤廃を求める請願を行いました。しかし、この請願は、人頭税によって既得権益を維持していた士族層からの猛烈な反発に遭い、県レベルでの解決は困難を極めました。

県での訴えが滞る中、中村は問題解決を中央政府に求めるため、同年中に上京することを決意します。目的は、帝国議会への請願（国会請願）によって、人頭税廃止を訴えることでした。上京の道中、中村らは薩摩や琉球の旧士族、さらには警察当局からの様々な妨害や圧力に直面しますが、強い意志をもってこれを乗り越えていきます。故郷の読売新聞記者であった増田義一（ますだ ぎいち）が宮古島の窮状を訴える記事を掲載するなど、理解者や協力者も現れました。

中村は城間正安と共に、そして宮古農民代表として選ばれた西里蒲（にしざと がま）、平良真牛（たいら もうし）らを伴って上京を果たしました。彼らは当時の内務大臣であった井上馨（いのうえ かおる）へ、島民の苦しみを切々と訴える請願書を直接提出することに成功しました。この請願は帝国議会で審議される運びとなり、長年の運動が実を結び、1903年（明治36年）、ついに人頭税制度の廃止が実現しました。これは、沖縄県における旧慣改革を促進する上で、極めて重要な出来事となりました。

人頭税廃止運動の傍ら、中村は1899年（明治32年）6月には、沖大東島（ラサ島）の調査を行い、その資源に着目して借用を国へ申請するなど、実業家としての側面も持ち合わせていました。

人頭税廃止後、中村は再び真珠養殖などの事業に取り組みますが、1940年（昭和15年）頃からの戦時体制の影響で事業継続が困難となりました。晩年は京都で過ごし、1943年（昭和18年）1月22日、胃がんのため自宅にてその生涯を閉じました。

驚くべきことに、中村は生前、故郷の家族に対し、宮古島での人頭税廃止に向けた自身の活動について一切語ることがありませんでした。そのため、実家が彼の偉業を知るのは、中村の死から20年も経過した1963年（昭和38年）のことです。この年、宮古島の砂川中学校校長からの手紙が実家に届き、初めて家族は中村が島民のために行った活動の詳細を知ることとなりました。

後に民俗学者の谷川健一（たにがわ けんいち）が中村の生家を訪れた際、弟である十一郎（じゅういちろう）が遺した日記を発見しました。この日記の詳細な調査によって、上京した宮古農民代表たちの具体的な行動や、運動に関わる多くの事柄がさらに深く明らかになり、人頭税廃止運動の歴史研究に大きく貢献しました。

中村十作の偉大な功績を顕彰するため、2005年には彼の生家近くに中村十作記念館が開設され、関連資料が保存・公開されています。彼の粘り強い活動は、理不尽な税制からの解放を求める島民の願いを叶え、沖縄の近代史に大きな足跡を残しました。

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