中村良夫 (景観学者)

中村良夫（なかむらよしお）

中村良夫氏は、日本の景観研究における第一人者であり、景観工学および国土史を専門とする学者です。1938年 4月3日、東京市（現在の東京都港区）に生まれ、長年にわたり東京工業大学の教授を務め、現在は同大学の名誉教授の称号を有しています。

経歴

東京都立日比谷高等学校を経て、東京大学工学部土木工学科で学び、1963年に卒業しました。卒業後は日本道路公団に入社しましたが、1965年には東京大学工学部に戻り助手となります。その後、1968年に講師、1975年に助教授へと昇進しました。この間、道路の景観に関する理論研究に取り組み、1973年には「A theoretical approach to perspective image of highway alignment」という論文で東京大学から工学博士の学位を取得しています。1976年には東京工業大学工学部建築学科に移り助教授に就任し、1982年に教授となります。1998年に同大学の名誉教授となった後も、京都大学大学院工学研究科教授として教鞭を執り、2002年に定年退官するまで教育・研究活動を続けました。

研究と実践

中村氏の研究は、単に風景の美しさを論じるだけでなく、工学的な視点から景観を分析・評価する景観工学、そして歴史的な視点から日本の国土がどのように形成され、景観が変遷してきたかを探る国土史という二つの柱に支えられています。この学際的なアプローチは、日本の景観研究に新たな地平を切り開きました。また、その知見は学術的な枠を超え、実際の景観形成や政策決定の現場でも活かされました。

社会への貢献

研究者としての活動に加え、中村氏は国や地方自治体の様々な委員会で重要な役割を担い、日本の景観政策や都市計画に多大な貢献をしました。例えば、東京都の都市美対策、建設省（現国土交通省）の道路行政、国土庁（現国土交通省）の国土計画、文化庁の文化財保護など、多岐にわたる分野で専門委員や部会座長、審議会会長といった要職を歴任しました。具体的には、国土庁首都機能移転調査研究委員会景観部会座長、山形県土景觀計画作定委員会委員長、関門景観審議会会長、横須賀市都市景観審議会委員長、文化庁文化財審議会専門委員などを務め、国の基幹インフラから地域の景観づくりに至るまで、幅広いスケールの景観問題に関与し、実践的な提言を行いました。国土交通省の羽田空港に関する委員会にも長年携わるなど、公共事業における景観デザインの重要性を啓発し、その質の向上に尽力しました。

主要な作品

中村氏が計画や設計に関与したプロジェクトの中には、日本の代表的な公共空間景観として評価されているものが含まれます。特に、広島市の太田川環境護岸は、土木学会デザイン賞特別賞を受賞し、その優れたデザインは国際的にも認められ、アメリカのハーバード大学ダンバートンオークス研究資料館の現代景観デザインコレクションに収蔵されています。また、古河総合公園（茨城県）も、そのデザインがメリナ・メルクーリ国際賞を受賞するなど高く評価されており、同様にダンバートンオークスに収蔵されています。この他にも、多摩ニュータウンの上谷戸橋、羽田エスプラナード（土木学会田中賞受賞）、広島西大橋など、土木構造物や都市空間の景観デザインにおいて顕著な業績を残しています。

著書と影響

中村氏は多くの著書を通じて、自身の景観学の思想と実践を世に問い続けました。代表作である『風景学入門』（1982年）は、景観を単なる眺めとしてではなく、人間と環境との関わりの中で捉える視点を示し、サントリー学芸賞と土木学会著作賞を同時受賞するという快挙を成し遂げました。続編にあたる『風景学・実践篇風景を目ききする』（2001年）も土木学会出版文化賞を受賞するなど、学術界のみならず広く社会に影響を与えました。その他にも、『湿地転生の記』『風景からの町づくり』『都市をつくる風景』『風土自治』など、環境美学、都市論、地域活性化といった多様なテーマに関する著作を発表し、日本の風景や環境に対する新たな視点を提示しました。共編著や翻訳も多く手掛け、国内外の知見を紹介しながら、景観学の研究領域を広げました。

受賞と栄典

長年にわたる教育、研究、実務、そして社会貢献に対して、中村氏には数多くの栄誉が授えられています。前述のサントリー学芸賞、土木学会著作賞、土木学会出版文化賞に加え、1983年には国際交通安全学会賞を受賞。2006年には土木学会功績賞を受章し、土木界全体への貢献が高く評価されました。さらに、2017年秋の叙勲においては、瑞宝中綬章を受章し、その長年の功績が国家レベルで認められました。

中村良夫氏は、景観学という分野を学術的に深化させるとともに、その知見を実際の国土や都市の景観形成に積極的に活かすことで、日本の景観論や環境デザインの発展に多大な貢献をした、稀有な存在であると言えます。教育者、研究者、そして実践者として、彼が残した足跡は日本の風景の中に息づいています。

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