中村雅楽

戸板康二の推理小説シリーズ『中村雅楽探偵譚』の主人公、中村雅楽（なかむら がらく）は、歌舞伎役者でありながら優れた推理力を持つ名探偵です。屋号を高松屋とし、主に立役を得意とする彼が活躍するのは、自らの世界である歌舞伎界を中心に起こる難事件・怪事件。伝統の舞台に潜む謎を、鋭い観察眼で解き明かしていきます。

雅楽の詳しい生年は不明ですが、1959年発表の作品描写から1880年代前半生まれと推測され、歌舞伎役者としては菊吉と同世代にあたります。九代目市川団十郎や五代目尾上菊五郎といった往年の名優たちの型に深く通じている設定です。また、リウマチや神経痛といった持病があるものの、その立ち居振る舞いは常に颯爽としており、老いや病を感じさせません。

探偵として、雅楽は探偵小説を好み、観察力と注意力に優れると自認しています。事件の情報は「東都新聞」芸能部の竹野記者からもたらされ、雅楽がホームズ役、竹野がワトソン役となって推理を展開します。必要に応じて警視庁の江川刑事の協力を得ることもあります。彼は現場に赴くことは少なく、提供された情報をもとに思考を巡らせる安楽椅子探偵としてのスタイルが特徴です。彼の推理は、歌舞伎や芸能に関する深い専門知識に裏打ちされています。

作者の戸板康二は、キャラクター創造にあたり、中村歌右衛門の名から「雅楽（うた）」という名前を着想しました。人物像の具体的なモデルには俳優の喜多村緑郎を想定し、探偵としての知的な側面には六代目尾上菊五郎の影響も見て取れると述べています。興味深いことに、テレビドラマ版で雅楽を演じた十七代目中村勘三郎は、六代目菊五郎の女婿にあたります。

中村雅楽が登場する作品は数多く発表されており、様々な出版社から単行本や文庫版が刊行されてきました。代表的な作品に「車引殺人事件」「團十郎切腹事件」「奈落殺人事件」などがあります。2007年には、日下三蔵氏の編集により、シリーズの全てを網羅した『中村雅楽探偵全集』（東京創元社 創元推理文庫）が全5巻で刊行され、決定版として広く読まれることとなりました。近年も、アンソロジーなどに作品が収録されるなど、その人気は根強いものがあります。

映像化も行われており、特に有名なのはテレビ朝日系列の『土曜ワイド劇場』で1979年から1980年にかけて3本制作されたシリーズです。ここでは十七世中村勘三郎が雅楽を演じました。これ以前にも、他のテレビ局で単発ドラマなどとして複数回映像化されています。

中村雅楽は、日本の伝統芸能である歌舞伎と推理小説が見事に融合した、特異で魅力的なキャラクターです。その専門知識を活かした推理と安楽椅子探偵としてのスタイルは、多くの読者を引きつけました。戸板康二が生んだこの名探偵は、日本推理小説史においてユニークな存在感を放ち続けています。

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