中馬

中馬とは

中馬（ちゅうま）とは、江戸時代に信濃国（現在の長野県）と甲斐国（現在の山梨県）で発達した陸上輸送の仕組みです。山がちな地形のため、河川水運が発達しなかったこの地域で、馬を使った輸送は不可欠でした。特に、宿場町間での荷物の積み替えを必要としない「付通し」方式を採用した中馬は、効率的な輸送手段として急速に普及しました。

中馬の成立と発展

江戸時代初期、農民が自分の荷物を運ぶ「手馬」が行われていましたが、寛文年間（1661年～1673年）頃から、副業として荷物輸送を行う者が現れました。これが次第に専業化し、元禄年間初頭（1690年代）には、顧客の荷物を直接目的地まで運ぶ「中馬」として確立しました。

中馬は、宿場ごとに馬を乗り換える必要がなく、手数料や積み替えによる荷物の破損リスクが低かったため、急速に成長しました。しかし、公的な伝馬制度を担う宿場問屋は、中馬の台頭によって大きな打撃を受け、江戸幕府に中馬の禁止を訴えました。しかし、幕府は中馬の慣行を規制する理由はないとして訴えを却下しました。ただし、五街道や北国街道などでは幕府や藩によって規制されることもありました。

特に、飯田藩のほぼ全域を貫く飯田街道（伊那街道）では、中馬に対する規制が比較的緩やかでした。この地域は、中馬の隆盛を支える重要な拠点となり、南信濃4郡（伊那郡・諏訪郡・安曇郡・筑摩郡）を中心に発展しました。宝暦10年（1760年）には、中馬の大幅な規制を求める訴訟が再び起こりましたが、中馬側と松本商人が連携して抵抗し、幕府は明和元年（1764年）に中馬を公認しました。これにより、中馬は村ごとに数と輸送できる物品、活動範囲が定められ、伝馬制維持への協力も条件とされました。その後も、中馬は宿場問屋や、中馬と同等の権利を求めた三河国の農民との間で争いが起こりましたが、明和裁許状を盾に勢力を拡大し、明治中期に至りました。

中馬の衰退と鉄道の影響

明治末期に鉄道が諏訪、木曽に通じると、中馬は鉄道駅とのフィーダー輸送に役割をシフトしました。かつての隆盛を取り戻そうと、信参鉄道が飯田街道沿いに鉄道敷設を申請しましたが却下されました。しかし、豊川[[鉄道]]や伊那電気[[鉄道]]などのグループが三信[[鉄道]]を設立し、全通させるなど、中馬輸送は後年の鉄道建設構想に影響を与えました。その後、自動車の発達と道路整備が進むにつれて、馬による物資輸送は衰退しました。

中馬の根拠地と輸送ルート

中馬の主な根拠地は飯田藩の城下町である飯田宿でした。飯田宿には荷問屋が設置され、信濃国を通過する荷物はここで一括して宿継ぎを行うことで、中馬の負担が軽減されました。主な輸送ルートは、飯田宿と松本宿間およびその沿線の村々で、次いで上諏訪宿、下諏訪宿、三河吉田宿などの五街道の宿場町や、上野倉賀野、甲斐鰍沢、三河新城、美濃今渡といった水運の拠点までを結んでいました。

中馬の活動範囲は後に拡大し、中山道、東海道、甲州街道、糸魚川街道などを経由して、三河岡崎宿や上野高崎宿などの遠方の宿場町や、江戸や名古屋まで直接乗り入れる者もいました。中馬は通常、一人で3～4頭の馬を牽引し、1度に100貫（約375kg）前後の荷物を運びました。

中馬が扱った荷物

中馬は、信濃から煙草、酒、米、大豆、小豆、麻などを外部に運び出し、逆に茶、塩、綿、鉄器、陶器などを信濃に運び込みました。中馬は、これらの物資輸送において重要な役割を担っていました。運賃は原則として到着先で支払われましたが、荷預の際には荷物代金の7割を「敷金」として保証金として預かる慣習もありました。

中馬は、単なる輸送手段としてだけでなく、地域経済と人々の生活を支える重要な役割を担っていました。その歴史は、当時の社会構造や物流の変遷を理解する上で貴重な資料となっています。

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