丹後国風土記

丹後国風土記（逸文）

『丹後国風土記』は、古代の丹後国（現在の京都府北部）について記述された風土記です。現存する写本はなく、その内容は『釈日本紀』などの引用によって部分的に知ることができます。編纂が命じられた和銅6年（713年）から、遅くとも8世紀中には成立していたと考えられています。

数ある風土記逸文の中でも比較的長い文章が残されており、特に浦島伝説と羽衣伝説の記述は重要です。これらの記述には万葉仮名で書かれた和歌が含まれており、当時の人々の生活や信仰を垣間見ることができます。また、天橋立に関する伝承も記されています。

浦島伝説

「筒川嶼子 水江浦島子」の項目に記述された浦島伝説は、現代に伝わる浦島太郎の物語の原型とされています。この物語には、中国から伝来した神仙思想の影響が見られます。

物語は、筒川の里に住む日下部首の先祖である筒川嶼子、すなわち水江浦島子の物語として語られます。雄略天皇の時代、浦島子は漁に出かけ、五色の亀を釣り上げます。眠っている間に亀は美しい女性に姿を変え、自らを「天上仙家之人也」と名乗ります。女性に導かれ、浦島子は海中の大きな島へとたどり着き、仙人たちの歓待を受けます。3年後、故郷を恋しく思った浦島子は、女性から玉匣を授けられ、「決して開けてはならない」と忠告されます。

帰郷した浦島子は、変わり果てた故郷の様子に戸惑い、玉匣を開けてしまいます。すると、風雲が巻き起こり、浦島子は嘆き悲しみます。物語には、浦島子の心情を詠んだ和歌が添えられています。


常世邊に　雲立ち渡る　水江の　浦嶋の子が　言持ち渡る
倭邊に　風吹き上げて　雲離れ　退き居り共よ　我を忘らすな
子等に戀ひ　朝戸を開き　我が居れば　常世の濱の　波の音聞こゆ
水江の　浦嶋の子が　玉匣　開けず有りせば　復も會はましを
常世邊に　雲立ち渡る　多由女　雲は繼がめど　我そ悲しき


『古事談』によれば、浦島子は天長2年（825年）に帰郷したとされ、出発から350年が経過していたと推測されています。このことから、仙界での3年間は、現世では非常に長い時間であったことが示唆されます。

羽衣伝説

『丹後国風土記』逸文の「比治真奈井 奈具社」の項目には、羽衣伝説が記されています。この物語は、他の地域に伝わる羽衣伝説とは異なり、独特な展開を見せています。

物語は、比治山（磯砂山）の山頂にある真奈井の井で、8人の天女が水浴びをしていた場面から始まります。和奈佐という老夫婦が、一人の天女の羽衣を隠してしまいます。羽衣を失い、天に帰れなくなった天女は、老夫婦に養女として引き取られます。

天女は、一杯で万病に効くという不思議な酒を造り、老夫婦と共に暮らします。天女の造る酒によって家は豊かになり、その地は土形の里と呼ばれるようになります。しかし、その後、老夫は天女を追い出してしまいます。老夫婦の仕打ちを恨んだ天女は、自分の心情を「荒塩」のようだと表現し、比治の里を去ります。そして、天女は歌を詠みます。


天の原　降り放け見れば　霞立ち　家路惑ひて　行方知らずも


天女が槻の木に寄りかかって泣いた場所は哭木の村と呼ばれ、竹野郡の船木の里に入った天女は「これで私の心は奈具志久（なぐしく）（おだやかに）なった」と言います。天女が留まった村は奈具村と呼ばれ、奈具神社が創建され、豊宇賀能売命が祀られました。

比治の里は現在の京丹後市峰山町鱒留・峰山町久次に比定され、久次にある比沼麻奈為神社は式内社の比治真名井神社に比定されています。哭木の村は現在の京丹後市峰山町内記に比定され、奈具神社は現在の京丹後市弥栄町船木に再建されています。

『丹後国風土記』は、古代丹後国の文化や伝承を知る上で貴重な資料であり、浦島伝説や羽衣伝説の原型を通して、古代人の精神世界を垣間見ることができます。

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