久保田成子

生い立ちと初期の活動

1937年、新潟県に生まれた久保田成子は、芸術的な環境で育ちました。祖父は水墨画家であり、高校時代から絵画を学び、大学では彫刻を専攻しました。しかし、既存の教育に疑問を感じ、前衛的な芸術運動に傾倒していきます。

大学卒業後は中学校の教員を務める傍ら、叔母の舞踊研究所で前衛芸術家たちと交流を深めました。大野一雄や土方巽といった舞踏家、塩見允枝子ら音楽家が集う場で、久保田は自身の芸術表現を模索します。1963年には読売アンデパンダン展に参加し、金属棒や既製品を用いた抽象的な作品を発表。さらに、個展では紙くずを積み上げた山の上に彫刻を展示するなど、観客参加型のインスタレーションにも挑戦しました。

フルクサスとの出会い

1964年、久保田はフルクサスの旗手であるジョージ・マチューナスに誘われ、ニューヨークへと渡ります。フルクサスのメンバーと共同生活を送る中で、過激なパフォーマンス《ヴァギナ・ペインティング》を発表。女性器に筆を装着して描くという衝撃的な内容は、彼女の初期の代表作の一つとなりました。晩年、久保田はマチューナスとナム・ジュン・パイクに依頼されて行ったと語りましたが、近年では彼女自身の意思による作品だと再評価されています。

フルクサス運動のなかで、久保田は「フルクサスの副議長」と呼ばれるほど重要な役割を果たしました。この時期には電子音楽グループにも参加し、様々なジャンルを横断しながら自身の表現を深めていきました。

ヴィデオ・アートへの転換

1970年代に入ると、久保田はヴィデオ作品の制作を開始。1972年には、ソニーのハンディカメラ「ポータパック」を携え、ヨーロッパを旅した記録映像を作品化しました。彼女は、メアリー・ルシエら同世代の女性作家たちと積極的に協働し、ヴィデオ・アートの可能性を追求しました。また、アンソロジー・フィルム・アーカイヴズではキュレーターとして、多くの作家を世に送り出しました。

ヴィデオ彫刻の創出

映像作品の造形性に不満を抱いた久保田は、立体作品としてのヴィデオ・アート、「ヴィデオ彫刻」の制作に挑みます。1975年には最初のヴィデオ彫刻《ヴィデオ・ポエム》を発表。ブラウン管を袋で覆い、自身の顔の映像を覗かせるという、斬新な作品でした。1975年から1990年にかけて、マルセル・デュシャンにインスピレーションを受けた「デュシャンピアナ」シリーズを発表。このシリーズを通して、久保田はヴィデオ彫刻の作家としての地位を確立しました。

「デュシャンピアナ」シリーズでは、デュシャンの作品をモチーフに、映像と立体物を組み合わせた独自の表現を展開しました。例えば、《階段を降りる裸体》では、デュシャンの絵画を引用し、映像と彫刻を融合させました。また、《メタ・マルセル：窓》では、窓の向こうに設置したテレビのノイズを雪景色に見立て、ヴィデオの機械的な特性と自然のイメージを重ね合わせています。また、水や鏡などの反射する素材やモーターを用いた作品も多く制作しました。《河》では、水面に映像を映し出し、鑑賞者自身も作品の一部となるような空間を作り出しました。

晩年の活動と遺産

1990年代以降、久保田は人型のヴィデオ彫刻や、人物と自然を組み合わせたインスタレーション作品を手掛けました。1991年にはアメリカン・ミュージアム・オブ・ザ・ムーヴィング・イメージで大規模な回顧展を開催。また、各地の美術館で個展を開催し、教育活動にも力を注ぎました。

1996年、夫であるナム・ジュン・パイクが脳梗塞で倒れると、介護のため自身の制作を中断しましたが、その後、パイクをテーマとした作品制作を再開しました。2000年には「セクシュアル・ヒーリング」展、2007年には「ナムジュン・パイクと私の人生」展を開催し、最晩年まで創作意欲を失うことはありませんでした。2015年、乳がんによりニューヨークで死去。77歳でした。

久保田成子の作品は、ヴィデオ・アートの可能性を押し広げ、現代美術に大きな影響を与えました。彼女の先駆的な試みは、今もなお多くのアーティストに刺激を与え続けています。

2021年には、没後初の大規模個展「Viva Video! 久保田成子展」が日本国内の複数の美術館で開催され、その功績が改めて評価されました。

代表的な作品

《1st. LOVE, 2nd. LOVE...》：紙くずを積み上げたインスタレーション
《ヴァギナ・ペインティング》：女性器に筆を装着して描くパフォーマンス
《ヴィデオ・ポエム》：ブラウン管を袋で覆ったヴィデオ彫刻
「デュシャンピアナ」シリーズ：マルセル・デュシャンをモチーフにしたヴィデオ彫刻群
《河》：水面に映像を映し出すインスタレーション
《自転車の車輪》：小型液晶ディスプレイを取り付けた車輪を回転させる作品