乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ

『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』

大西巷一による漫画作品で、15世紀の中央ヨーロッパで起きたフス戦争を題材としています。『月刊アクション』にて2013年から2019年まで連載され、単行本は全12巻で刊行されました。本作は、単に歴史上の戦争を描くだけでなく、少女たちが戦場で成長していく姿や、戦争の残酷さをリアルに描いている点が特徴です。

概要

作者の大西巷一は、自身のウェブサイトで本作を「ディーヴチー・ヴァールカ」と読むと明記していますが、「おとめせんそう」と読んでも良いとしています。タイトルの「乙女戦争」はチェコの古い伝説に由来し、本作では「女の子が主人公となって積極的に戦う戦争」という意味を込めています。物語は、戦争と少女という対照的な要素を組み合わせ、性暴力や性奴隷といった重いテーマも扱っています。

フス戦争は、銃が実戦で初めて組織的に大量運用された戦争であり、本作ではその戦場に立つ少女兵たちが描かれます。作者は、中世ヨーロッパの歴史に造詣が深く、その知識が本作にも反映されています。表紙の可愛らしい少女兵の絵柄とは裏腹に、物語は残酷な試練の連続であり、そのギャップが読者を引きつけます。

作者は、フス戦争を題材に選んだ理由として、以下の点を挙げています。

革新的な戦術で、弱者である農民が強者である騎士を打ち破る点
宗教戦争の過激さと純粋さ
女性や子供が戦士として活躍する点
スラヴ系の金髪の女の子と民族衣装が描ける点

2014年には、本作のコミックス3巻と、トミイ大塚の『ホークウッド』6巻の発売を記念して「中世どっきり残酷フェア」が開催されました。また、2015年には「第6回中世ヨーロッパ関連総合展示会」に作者も参加しサイン会を行いました。2016年には、甲冑格闘技団体「日本アーマードバトル・リーグ」とスポンサー契約を結び、コミックス9巻には同団体の広告も掲載されています。

前日譚として『乙女戦争外伝I 赤い瞳のヴィクトルカ』、後日譚として『乙女戦争外伝II 火を継ぐ者たち』も描かれています。

あらすじ

1420年、フス戦争勃発の翌年、ボヘミア王国（現在のチェコ共和国）を舞台に物語は始まります。カトリック派の騎士団によるフス派狩りによって家族を虐殺され、自身も陵辱された12歳の少女シャールカは、フス派の英雄ヤン・ジシュカに拾われ、彼の傭兵隊に加わることになります。

ジシュカに誘われたシャールカは、フス派が集うターボルという拠点の山で、ガブリエラとターニャという2人の少女と出会い、新兵器「笛（ピーシュチャラ）」を扱う「天使隊」の一員となります。ジシュカは、農民兵を中心とした2千人のターボル軍を結成し、10万の十字軍に包囲されたプラハへと進軍し、神聖ローマ皇帝ジギスムントに宣戦布告します。

プラハ近郊で行われたヴィトコフ丘の戦いでは、ターボル軍は荷車と笛を組み合わせた「ワゴンブルク戦術」を用いて十字軍を打ち破り、勝利を収めます。シャールカは、フス派の仲間たちと共に反カトリックの戦いに身を投じ、成長していきます。

主な登場人物

シャールカ: 本作の主人公。家族を殺され、陵辱された過去を持つ少女。ジシュカに拾われ、少女兵として戦場に立つ。様々な困難に立ち向かいながら成長し、愛する人との出会いと別れを経験する。
ヤン・ジシュカ: 実在の人物。フス派の英雄で、隻眼の軍人。革新的な戦術でフス派を勝利に導く。冷酷な面も持ち合わせる。
ミクラーシュ: フス派の聖職者でターボルの指導者。温厚な人柄で、ターボルの住民から慕われる。物語の中盤でジシュカに殺害される。
ヤン・イスクラ: 元カトリック派の暗殺者。ジシュカの暗殺に失敗し、フス派に転向する。後にガブリエラを殺害してしまう。
プロコプ: ターボルの聖職者でフス派の指導者の一人。天使隊を組織し、農民兵たちを鼓舞する。
ガブリエラ: シャールカの最初の友人。生真面目な性格で読み書きを習得している。アダム派に転向し、悲劇的な運命をたどる。
ターニャ: シャールカの最初の友人。活発な性格。ヴィトコフの戦いで焼死する。
ラウラ: 天使隊の一員。カトリック派への復讐心に燃え、戦場で敵兵を殺害する。後にロハーチと結ばれる。
サーラ: 天使隊の一員。元従軍娼婦の娘で、イスクラの義妹。ジシュカの『眼』を務め、後に軍師として活躍する。
アネタ: 天使隊の一員。姉御肌で、物語の初期から登場している古参メンバー。三回結婚し三回とも夫と死別。三人の子供も失い、リパニの戦いに参加して戦死する。
フランチシュカ: 天使隊の一員。モニカと仲が良い。クトナー・ホラ戦役でモニカと共に悲惨な境遇になる。イラヴァの戦いで戦死。
モニカ: 天使隊の一員。フランチシュカと仲が良い。クトナー・ホラ戦役で悲惨な拷問の末に死亡する。
マルシュカ: 天使隊の一員。クトナー・ホラ戦役でクマン人傭兵の捕虜になり、子供を出産。その後戦死。
ヤロスラヴァ: 天使隊の一員。リパニの戦いで戦死。
ミリアム: 天使隊の一員。リパニの戦いを生き延び、トマーシュと結婚する。
ヘレナ: 天使隊の一員。霊感があり、占いで生計を立てていた。リパニの戦いを生き延び、戦死者を弔う生活を送る。
アレクサンドラ: 天使隊の二期生。大貴族の娘。ジグムント・コリブートの婚約者だったが、ヴィルヘルムに殺害される。
ドロテア: 天使隊の二期生。ドイツ商人の娘で関西弁で話す。リパニの戦いを生き延び、ヴァーシャと結婚する。
ズデンカ: 天使隊の二期生。中二病を患っている。リパニの戦いで片足を失うが生き残る。
ヨハン・フニャディ: ハンガリー貴族の青年。シャールカと恋に落ち、彼女の夫となる。娘のクラーラの父親でもある。
クラーラ: シャールカとヨハンの娘。物語の終盤でシャールカと再会する。
ヴィルヘルム・フォン・シュヴァルツ: ドイツ騎士団の騎士。シャールカを救ったこともあるが、後に冷酷な人物へと変貌する。最後はシャールカを救い出し死亡する。

その他

本作には、史実の人物や出来事をモデルにしたキャラクターや設定が多数登場します。しかし、その描写は作者の独自の解釈に基づいている部分も多く、史実と異なる点も存在します。例えば、ミクラーシュの人物像や、ヤン・ジシュカの死因などがその例です。

用語解説

笛（ピーシュチャラ）: 杖状の筒で、火縄を使って着火する原始的な銃。非力な者でも騎士と渡り合えるように開発された。
装甲馬車（ワゴンブルク）: 農業用荷車に盾状のものを据え付けた防御陣地。敵の攻撃を防ぎつつ、ピーシュチャラで反撃できる。フス派の主要な戦術。
天使隊: プロコプが組織した少年少女による聖歌隊。戦場で讃美歌を歌い、味方の士気を高める。
アダム派: フス派の一派。全裸で生活し、乱交同然の「ミサ」を行う。フス派からも邪教認定される。

書誌情報

大西巷一 『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』 双葉社〈アクションコミックス〉、全12巻
大西巷一 『乙女戦争外伝I 赤い瞳のヴィクトルカ』 双葉社〈アクションコミックス〉、全1巻
大西巷一 『乙女戦争外伝 II 火を継ぐ者たち』 双葉社〈アクションコミックス〉、全2巻

関連事項

乙女戦争 - チェコの古い伝説。
ヨハンネス・リヒテナウアー - 14世紀ドイツの剣術家。

外部リンク

大西巷一のホームページ《ラ・グロッタ》 『乙女戦争（ディーヴチー・ヴァールカ）』

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