乳井貢

乳井貢（にゅうい みつぎ）：弘前藩の改革者、その生涯と功績

乳井貢は、江戸時代中期の弘前藩士であり、宝暦の改革を主導した人物です。彼は、藩財政の立て直しやアイヌ民族の同化政策など、多岐にわたる政策を実行し、その生涯は波乱に満ちていました。

生涯

1712年、津軽藩士・乳井建尚の子として生まれた乳井貢は、初め建富と名乗りました。1753年、津軽藩6代藩主・津軽信寧の時代に勘定奉行に抜擢されると、藩財政の建て直しに着手しました。具体的には、藩士からの借米の一部を帳消しにするとともに、豪商への課税を強化しました。これらの政策は、1755年の宝暦の飢饉において餓死者の発生を抑制することに貢献し、信寧から「貢」の名を賜りました。

しかし、乳井の改革は財政再建だけにとどまりませんでした。1756年には、外が浜巡視をきっかけに、津軽半島の海岸線に居住するアイヌ民族を平民扱いとする同化政策を実施しました。この政策は、アイヌ民族の生活や地位を向上させる一方で、彼らの固有の文化や生活様式を急速に失わせる結果となりました。抵抗した住民の一部は逃亡し、最終的に弘前藩に恭順することになりました。

宝暦の飢饉の影響で豪商からの借金は膨らみ、藩経済は再び疲弊しました。乳井は、さらなる強権策として行政組織の整理、有力商家への課税強化と優遇、藩札の発行、徳政令的な施策などを矢継ぎ早に実施しましたが、これらの政策は藩経済をさらに混乱させる結果となりました。その責任を問われ、藩主・信寧の命令によって10年ほど川原平村（現・青森県西目屋村川原平）に蟄居させられました。

乳井の失脚後も弘前藩の経営は好転せず、1778年に8代藩主・津軽信明によって再び勘定奉行への登用が図られましたが、過去の強権政治の記憶が残る藩士や商人からの強い反発により、再登用は実現しませんでした。1784年、ようやく許されて弘前に戻り、詩文俳諧を楽しみながら、数学などを講じて余生を過ごし、1792年にその生涯を閉じました。

思想

乳井は、古学の山鹿素行を本朝第一の思想家として尊敬していました。素行の思想を基に、赤穂義士を「士道ノ正義」に反した「天下ノ罪人」と厳しく批判しました。

人物・逸話

乳井は、実学を重視し、多くの著述を執筆しました。1772年には農業に従事した経験を活かした農業経済学の『陸稲記』を著し、1781年には、現在のそろばんと同じ珠の配置（地4+天1）を唱えた『初学算法』を発表しました。彼が考案したそろばんの普及は、彼の死後154年後の尋常小学算術において実現しました。

朱子学を批判し、社会に役立つ実学を重んじた乳井は、失脚後、辺境の川原平に蟄居を命じられましたが、拘束は緩く、新田を開発する傍ら寺子屋を開き、村人に読み書きそろばんを教えました。このような活動を通じて、乳井は地域住民から慕われる存在となりました。

昭和10年に建立された顕彰碑が西目屋村川原平にありましたが、津軽ダムの建築工事に伴い撤去され、現在は津軽白神湖パークに移設されています。

著書

乳井貢は多数の著書を執筆しました。

• - 『志学幼弁』
• - 『大学文盲解礼通用』
• - 『応分志』
• - 『経国度量』
• - 『度量分数』
• - 『国家財政』
• - 『議量問答』
• - 『商家利道』
• - 『太極図説』
• - 『象数』
• - 『易象』
• - 『夫貢制定分録』
• - 『王制利権方睦』
• - 『稲記損』
• - 『益指掌町見術』
• - 『五虫論』
• - 『津軽名臣伝』
• - 『深山惣次』
• - 『蝸牛の道徳』
• - 『可楽先生詠歌』
• - 『無名郷』
• - 『節用則』など

これらの著書は『乳井貢全集』としてまとめられ、以下のように構成されています。

• - 『乳井貢全集. 第1巻』 - 志学幼弁、大学弁盲解
• - 『乳井貢全集. 第2巻』 - 周禮通用、應分志、經國度量、度量分數、節用則、國家財政、識量問答、商家利道、無名鄕
• - 『乳井貢全集. 第3巻』 - 太極圖說、象數、易象、夫貢制、定分祿、王制利權之方、王制利權方、利權主客之位、陸稻記、損益指掌、年糓多寡節用、期月而已可、通財一事凡例、得失問答、制地考、檢地法、檢地政、城制法、城制規矩
• - 『乳井貢全集. 第4巻』 - 丁見術細目圖解、圓術眞法方圓傳、初學算法、觀中算要、版籌、五蟲論、津輕名臣傳、深山惣次、可樂詠歌集、餘錄

まとめ

乳井貢は、その生涯を通じて弘前藩の財政再建や文化政策に尽力した人物でした。彼の政策には賛否両論があり、失脚や再評価を経験しましたが、実学を重視した彼の思想や著作は後世に大きな影響を与えました。その波乱に満ちた生涯は、今もなお多くの関心を集めています。

参考文献

• - 小石川透「乳井貢の「宝暦改革」」『北方史の中の津軽』、陸奥新報、2009年1月12日。

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