井上篤太郎

井上篤太郎

井上 篤太郎（いのうえ とくたろう）は、安政6年（1859年）7月12日に相模国愛甲郡三田村（現在の神奈川県厚木市）に生まれ、昭和23年（1948年）11月28日に90歳でその生涯を終えた、明治から昭和前期にかけて活躍した実業家であり政治家です。現在の京王電鉄の源流である京王電気軌道の事実上の創業者として、その経営手腕を発揮しました。

明治法律学校（現在の明治大学）で学んだ後、地方官吏を経て神奈川県会議員、衆議院議員を務めました。政治家を辞した後、実業家としての道を歩み始め、富士瓦斯紡績に入社。社長の和田豊治に認められ、玉川電気鉄道や王子電気軌道といった他社の経営再建にも関わりました。

これらの実績を買われ、特に財政的に厳しかった京王電気軌道（現・京王電鉄）の再建を託されます。当時、京王電気軌道は新宿から府中間は開業していたものの、東八王子への延伸資金に苦慮していました。富士紡の和田豊治が京王の経営支援を決め、井上を専務取締役として派遣したのです。井上は、電灯電力供給事業の拡大と並行して、懸案であった京王線の全線開通を実現させました。さらに、バス事業の開始、沿線開発、学校誘致など、多角的な事業展開と地域開発を進めることで経営基盤を強化しました。専務、社長、会長を歴任し、約30年近くにわたり京王の経営を主導。電灯電力と軌道事業の二本柱で、業績を堅調に維持しました。

昭和に入り戦時色が濃くなる中、京王電気軌道は試練を迎えます。主幹事業の一つであった配電事業が国策により国家へ強制移管され、経営の根幹が揺らぎました。さらに、東京急行電鉄の五島慶太社長が京王株式を取得し、京王を東急に統合しようとしました。井上は規模の大小ではなく「我が社（京王電軌）はダイヤモンドだ」と従業員を鼓舞し、自主独立経営を強く主張。東急への合併に徹底して抵抗しましたが、時勢に抗えず、最終的に昭和19年（1944年）に京王線は東急に合併されます。

合併により経営から身を引いた井上は、東京急行電鉄の相談役に就任しました。社長辞任時の退職慰労金の一部を従業員へ、多くを故郷・厚木市の小学校建設や橋の架設に寄付するなど、晩年も社会への貢献を忘れず、地域に感謝されました。また、昭和21年（1946年）から貴族院廃止まで勅選議員を務めたほか、明治大学の専務理事も歴任しました。彼は企業経営において従業員を非常に大切にし、「企業は資本・経営者・労働者の三位一体で成り立つ」という信念を持っていました。

井上がその情熱を注いだ京王電気軌道は、彼の死去する半年前にあたる昭和23年（1948年）、京王帝都電鉄として東京急行電鉄から再び独立を果たし、現在の京王電鉄へと発展しました。これは、彼が最後まで守ろうとした自主独立の精神が、形を変えて結実した出来事と言えるでしょう。

栄典

昭和3年（1928年） - 藍綬褒章

親族

井上正幹（長男、京王帝都電鉄監査役）、井上正忠（孫、京王帝都電鉄第4代社長）、木村篤太郎（娘婿、検事総長・司法大臣）

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