交響曲第5番 (チャイコフスキー)

交響曲第5番 ホ短調 作品64

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲の交響曲第5番は、作曲者の円熟期である1888年に完成しました。交響曲第4番から10年の歳月を経て生み出されたこの作品は、チャイコフスキーの後期三大交響曲の一つとして、今日でも世界中で愛されています。

楽曲構成

全4楽章から構成され、演奏時間は約42分です。特筆すべきは、全楽章に登場する「運命の主題」です。この主題は、作品全体に統一感を与え、聴く者に強い印象を与えます。

第1楽章： ホ短調、序奏とコーダを持つソナタ形式。冒頭、クラリネットが暗く重々しく「運命の主題」を提示します。
第2楽章： ニ長調、三部形式。美しい旋律が特徴的な緩徐楽章。ホルンのソロが奏でる甘美な旋律は、聴く者の心を捉えます。
第3楽章： イ長調、複合三部形式。スケルツォの代わりにワルツが置かれています。優雅なワルツは、チャイコフスキーの新たな試みでした。
第4楽章： ホ長調、序奏とコーダを持つソナタ形式。輝かしい勝利を表現したフィナーレ。全楽章を締めくくるにふさわしい、壮大な音楽が展開されます。

作曲の背景

交響曲第4番完成後、チャイコフスキーはモスクワ音楽院の教授を辞職し、放浪生活を送ります。フォン・メック夫人の経済的支援を受けながら作曲に専念する一方で、精神的な不安定さにも苦しみました。友人ニコライ・ルビンシテインの死、フォン・メック夫人の破産の噂、妹の家庭崩壊、離婚問題などが、彼の心を悩ませました。

1885年、チャイコフスキーはマイダーノヴォに家を借り、6年以上に及ぶ放浪生活に終止符を打ちます。その後、フローロフスコエに移り住み、交響曲第5番はこの地で作曲されました。

作曲の経過

作曲ノートには、同時期に作曲が進められた舞台音楽『ハムレット』と交響曲第5番の構想が記されています。ワルツ主題や「運命の主題」の原案も、作曲の1年以上前に着想があったことがわかります。

1887年夏、チャイコフスキーは友人コンドラーチエフの死期が近いことを知り、ドイツのアーヘンへ向かいます。終末期のコンドラーチエフに付き添った経験は、チャイコフスキーに死や宗教に対する思索を深めるきっかけとなり、その後の作品に影響を与えました。

初演と評価

1888年11月、チャイコフスキー自身の指揮によりペテルブルクで初演されました。聴衆の反応は良かったものの、専門家の批評は芳しくなく、「3つのワルツを持った交響曲」などと揶揄されました。しかし、今日では均整のとれた名作として高く評価されています。

ニキシュの功績

交響曲第5番の真価が広く世に知られるようになったのは、指揮者アルトゥル・ニキシュの活躍によるところが大きいでしょう。ニキシュは交響曲第5番をレパートリーとし、各地で大成功を収めました。チャイコフスキー自身も、ニキシュの指揮を高く評価し、感謝したと伝えられています。

受容の広がり

20世紀に入ると、レコード、ラジオ、映画など、新たなメディアを通じて交響曲第5番は広く受容されるようになりました。バレエ音楽や映画音楽としても使用され、多くの人々に親しまれています。

第二次世界大戦中には、「勝利」のイメージがあることから連合国で好んで演奏され、今日に至るまで、アマチュアオーケストラの間でも人気の高いレパートリーとなっています。

楽器編成

フルート3（第3フルートはピッコロに持ち替え）
オーボエ2
クラリネット2（A管）
ファゴット2
ホルン4
トランペット2（A管）
トロンボーン3
チューバ1
ティンパニ
弦五部

チャイコフスキーのオーケストレーションは、楽器群の効果的な対比など、従来の作品に比べて熟達していると評価されています。

交響曲第5番は、チャイコフスキーの苦悩と葛藤、そして希望が織り込まれた、ドラマティックな作品です。全楽章を貫く「運命の主題」は、聴く者の心を捉え、忘れられない感動を与えてくれるでしょう。

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