仕舞袴

能楽の世界で重要な役割を担う装束の一つに「仕舞袴」があります。これは、特に能や狂言の上演において使用される、独特な構造を持つ袴です。その名称が示す通り、主に能楽の「仕舞」や「舞囃子」といった素謡形式の演目、あるいは能本曲の一部を舞う際に着用されることが多いことから、この名で呼ばれるようになりました。

能楽以外にも、日本舞踊などで「舞袴」と呼ばれる種類の袴がありますが、これらは能楽の仕舞袴とは構造や用途が異なり、明確に区別されるべきものです。仕舞袴は、能楽という特定の芸能のために特化して発展した装束と言えるでしょう。

構造

仕舞袴の構造は、一般的な乗馬に用いる馬乗袴を基盤としていますが、能楽の動きに適応するための改良が加えられています。最大の特徴は、袴の股部分にあたるマチが低く設計されている点と、内部の中仕切りが高くなっている点です。この構造により、能楽特有の摺り足や型といった繊細かつ力強い動きがより円滑に行えるようになっています。

また、袴の前面にある襞（ひだ）にも工夫が凝らされています。特に、一筋目の襞が特殊な方法で縫い合わせられていることが多く、これにより着用者が立った際に袴に不自然な皺や撚れが生じるのを防ぎ、常に整った美しいシルエットを保つように仕立てられています。これは、舞台上での立ち姿の美しさを重視する能楽の美意識を反映した構造と言えるでしょう。

着用場面

仕舞袴は、能楽の上演において様々な役割の演者や関係者によって着用されます。能本曲の上演中、舞台上で演奏を担当する囃子方、演者の補助を行う後見（こうけん）、そして物語を語る地謡（じうたい）といった人々は、紋付の着物に合わせてこの仕舞袴を着用するのが通例です。

また、肩衣（かたぎぬ）と袴が一体となった略礼装である裃（かみしも）を能楽で着用する際にも、袴の部分は仕舞袴と同様の仕立て方になっていることが一般的です。このように、仕舞袴は単に舞うための装束としてだけでなく、能舞台における公式な場面での正装としても機能しています。

流儀による違い

仕舞袴の仕立て方に関しては、能楽の各流儀を通じて基本的な構造に大きな違いは見られません。前述した、動きやすさや立ち姿の美しさを追求した構造は、どの流儀でも共通しています。しかし、一部には独自の仕立て方を用いる流儀も存在します。

例えば、観世流の中でも梅若家系統においては、他の多くの流儀で見られるような「一の襞を縫い合わせる」という工夫を施さない仕舞袴が用いられています。これは、流儀や家元によって伝承されてきた技術や美意識の違いが、袴の細部に表れている一例と言えるでしょう。

まとめ

仕舞袴は、能楽という日本の伝統芸能に深く根差した特殊な装束です。その独特な構造は、能楽の身体表現を最大限に引き出すために洗練されてきました。単なる衣服としてではなく、能舞台における役割や格式を示す記号としての意味合いも持ち合わせています。囃子方、後見、地謡といった舞台を支える人々から、仕舞や舞囃子といった演目を舞う際に至るまで、幅広く用いられる仕舞袴は、能楽の美意識と機能性が融合した、日本の伝統衣装における重要な存在と言えるでしょう。

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