伊藤能

伊藤能七段：波乱に満ちた棋士人生と温かい人柄

1962年生まれの伊藤能七段は、東京都杉並区出身の将棋棋士です。米長邦雄永世棋聖を師事し、2016年12月25日、54歳という若さで亡くなりました。日本将棋連盟より七段を追贈されています。

プロへの険しい道程

1984年、奨励会三段に昇段。しかし、プロ入り（四段昇段）は容易ではありませんでした。1987年に三段リーグ制度が復活すると、四段昇段はさらに狭き門となります。当時の同期には、後に活躍する多くの棋士が名を連ねていました。伊藤は年齢制限ギリギリの30歳8ヶ月、11回目の三段リーグで2位となり、プロ入りを果たします。最終日、順位22位という絶体絶命の状況から、2戦2勝の大逆転劇を演じました。この奇跡的な昇段劇は、本人によって「神風」「奇跡」と表現されました。これは、1987年度三段リーグ開始以降の最年長記録であり、奨励会在籍17年は四段昇段者最長記録という、まさにドラマチックなプロデビューでした。

早指し棋戦での活躍

プロ入り後は、持ち時間の長くない早指し棋戦で才能を開花させました。特に、1994年度のNHK杯では予選を勝ち抜き本戦に進出。1回戦で森雞二九段、2回戦で東和男九段を破る快挙を達成しました。両者とも後手番からの対戦でしたが、相手の得意戦法を冷静に受け止め、見事勝利を収めました。この勝利は、伊藤の持ち前の受け将棋の強さを示すものでした。

他にも、2000年には後の竜王となる渡辺明名人に棋士人生初の黒星を喫させるなど、要所で存在感を示しました。2002年には山崎隆之八段の連勝を16で止めるなど、強豪棋士相手に善戦しました。

順位戦と竜王戦の苦悩

一方で、持ち時間の長い順位戦や竜王戦は苦手としていました。順位戦ではC級2組に13年間在籍するも、5勝5敗を超える成績を収めることができず、2度降級点を喫しました。2006年にはフリークラスを宣言。竜王戦でも、最下級クラスの6組から昇級することはありませんでした。

温厚な人柄と後進への指導

伊藤七段は、温厚で人情味あふれる人物として知られていました。特に、奨励会員への気配りには定評があり、記録係を務めた奨励会員が不慣れな様子を見せると、丁寧に指導し、動揺しないよう配慮する姿が見られました。若手棋士に対しても、常に気遣いを見せるなど、周囲への配慮を欠かしませんでした。

師匠である米長邦雄永世棋聖とのエピソードも数多く残っています。中学生の頃、将棋道場の席主から「プロになるなら師匠を紹介するが、好きな棋士は誰か？」と聞かれ、「米長先生かなあ」と答えた伊藤。まさかそれが実現するとは想像もせず、父親は驚きを隠せなかったそうです。奨励会時代は米長宅近くのマンションに住み込み、「半内弟子」として生活していました。

また、『将棋ジャーナル』や『近代将棋』に連載していた団鬼六氏と親交があり、観戦記の執筆でも知られていました。行方尚史八段のA級昇級時には、団氏と共に貸切船で観桜遊覧を行い、祝宴を催したというエピソードも残されています。

晩年は、米長門下の弟弟子である杉本和陽四段を弟子として迎え入れ、指導にあたっていました。

棋風と主な成績

伊藤七段は居飛車党で、受け将棋を得意としていました。相手の得意戦法や注文を受けて立つ堅実な棋風で、特に若手棋士に対しては強さを発揮しました。2013年には佐藤天彦名人を破るなど、実力者としての一面も持ち合わせていました。

主な著書に「棋士米長邦雄名言集 人生に勝つために」があります。

伊藤能七段は、プロ入りまでの困難な道のり、早指し棋戦での活躍、そして温かい人柄など、多くのエピソードを残しました。その波乱に満ちた人生と、後進を指導する姿は、多くの将棋ファンに記憶されています。

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