作戦要務令

作戦要務令

作戦要務令は、大日本帝国陸軍が定めた戦術に関する教範であり、軍隊の運用、戦闘方法、訓練に関する規定を包括的に示したものです。略称は「作要」。戦術研究の基礎資料として参照されました。

沿革

1938年（昭和13年）に軍令陸第19号として全軍に公布されました。それ以前には陣中要務令（1924年）と戦闘綱要（1929年）が存在しましたが、内容の重複が多かったため、これらを統合し、日中戦争の戦訓を取り入れ、対ソ連戦を想定して作られました。作戦要務令は、典範令における「令」の一種です。

陸上自衛隊の野外幕僚勤務・野外令は、この作戦要務令を参考に制定されました。作戦要務令は、「軍ノ主トスル所ハ戦闘ニアリ」という一文で始まり、同年2月9日に参謀総長と教育総監が共同で上奏し、天皇の裁可を得て制定されました。

当初は、旧陣中要務令を継承した第一部と旧戦闘綱要を継承した第二部で構成されていましたが、1939年（昭和14年）10月に第三部、1940年（昭和15年）3月に第四部が追加されました。第一部には陣中勤務、第二部には戦闘、第三部には輸送・補給などの後方勤務、第四部にはガス戦や上陸戦の要領が記述され、第四部は「秘扱い」とされていました。

陣中勤務や戦闘に関する綱領は、1889年（明治22年）の「野外要務令草案」に遡りますが、これは外国の影響を受けたものでした。作戦要務令制定にあたっては、日本独自の戦術思想の確立を目指したとされています。

敗戦に伴い、1945年（昭和20年）11月30日付けで廃止されました。

内容

作戦要務令は以下の四部構成となっています。

第一部：作戦行動の基本
戦闘序列及び軍隊区分
指揮及び連絡
情報
警戒
行軍
宿営
通信
第二部：戦術的行動の基本
戦闘指揮
攻撃
防御
追撃及び退却
持久戦
諸兵連合の機械化部隊及び大なる騎兵部隊の戦闘
陣地及び対陣
特殊の地形における戦闘
第三部：後方支援の基本
輸送
補給及び給養
衛生
兵站
戦場掃除
気象
憲兵
宣伝の実施及び防衛
陣中日誌及び留守日誌
第四部：特殊戦闘の要領
特種陣地の攻撃
大河の渡河
湿地及び密林地帯に於ける行動
瓦斯用法
上陸戦闘

作戦要務令では、軍隊の目的は戦闘であり、戦闘の目的は敵を殲滅し迅速に勝利することと定義されています。戦闘に勝利するためには、有形無形の戦闘要素を総合して敵に優越する力を発揮する必要があるとされています。指揮官には必勝の信念と軍紀の維持が求められ、不測の事態には任務に基づいた独断専行が推奨されました。作戦指導においては、常に攻撃精神をもち、各部隊との協同一致に努め、敵の意表を突くことが重要とされました。

戦闘指揮

戦闘における攻撃と防御の選択は、任務に基づいて決定されます。攻撃は敵の戦闘力を破壊する唯一の手段であり、原則として攻撃を試みることが推奨されています。防御は状況が困難な場合にやむを得ない選択ですが、常に攻撃の機会を伺うべきであるとされています。指揮官は主導権を保持し、敵の意表を突くことが重要です。兵力配置においては、決戦正面に兵力を集中し、他の正面には最小限の兵力を使用します。兵力の機動には、指揮の迅速化、行軍力の強化、夜陰や交通手段の活用が重要です。

攻撃

攻撃の主眼は敵を包囲して殲滅することにあり、敵の弱点に攻撃を指向すべきとされています。包囲は両翼包囲、一翼包囲、背後包囲の3種類があります。包囲が困難な場合は、正面攻撃で敵の前線を突破し、分断して局部的に包囲します。状況に応じて敵の側面や背面を攻撃しますが、この際には秘匿と迅速な急襲が重要です。前進時には、各部隊に作戦地域を区分して担当させ、目標に対して前進させます。敵を発見した場合には、そのまま遭遇戦に突入し、先制攻撃が重要となります。防御陣地を構築する敵に対しては、陣地を迂回するか、陣地攻撃を行うかを選択します。陣地攻撃は計画的な攻撃力の発揮が求められます。

防御

防御は、地形や構築物を活用し、火力を集中して敵の攻撃を破砕する戦闘様式です。防御においても、主導権を奪われないように、逆襲の機会を伺うべきとされています。指揮官は任務、敵情、地形から防御計画を策定し、陣地帯を構築して敵の攻撃に備えます。敵の攻撃が頓挫した場合には、逆襲を実施して敵を撃滅します。敵の陣地への侵入を許した場合には、隣接部隊との連携によって阻止します。逆襲は敵の不意を突くことが重要であり、敵の側面や背後への急襲が有効です。防御戦闘から全面的な攻撃に転じる場合は、攻勢移転を行います。

評価

作戦要務令は戦術教範として名文と評価される一方で、精神面を強調しすぎた点、典範令としての権威を求めたために観念的な文章になった点が欠点として指摘されています。

戦後、その内容は企業経営にも応用されるようになり、1960年に『企業作戦要務令』が執筆され、1976年には作戦要務令を平易化した書籍が出版されました。1978年には「現代企業に生かす軍隊組織」という副題で書籍が出版されています。

脚注

作戦要務令（尚兵館、昭和15年刊） - 国立国会図書館デジタルコレクション
ウィキソース作戦要務令

関連項目

軍事学
防衛学
兵学
軍学
戦略
軍事戦略
戦術
戦闘教義
軍人勅諭
戦陣訓
海戦要務令（大日本帝国海軍）
陣中日誌

参考文献

小林又七『作戦要務令　綱領・総則・第一部』川流堂、1938年（昭和13年）
『作戦要務令　第二部』兵書出版社、1938年（昭和13年）
『作戦要務令第二部註解』軍人会館出版、1939年（昭和14年）
山崎慶一郎『作戦要務令に其く歩哨斥候教育』琢磨社、1939年（昭和14年）
『作戦要務令　第三部』兵書出版社、1940年（昭和15年）
『作戦要務令　第三部』軍隊教育用図書、1940年、1944年
『作戦要務令附録　其ノ四』武揚社、1941年
大橋武夫『作戦要務令』建帛社、1976年、ISBN 4767985021
『作戦要務令 現代企業に生かす軍隊組織』日本文芸社、1963年、1972年、1978年
熊谷直『詳解 日本陸軍作戦要務令』朝日ソノラマ、1995年 ISBN 425703422X
『作戦要務令（摘録）』偕行社

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