信越電力

信越電力株式会社

信越電力株式会社は、大正時代から昭和初期にかけて存在した日本の電力会社です。関東地方最大の電力会社であった東京電灯の子会社として設立され、主に長野県と新潟県の県境付近にあたる地域で水力発電事業を展開しました。

会社は1919年（大正8年）に発足しました。当初の目標は、信濃川本流における大規模な水力発電所建設でしたが、先行して信濃川の支流である中津川での開発を進めることとなります。1924年（大正13年）までに、中津川には3か所の発電所が完成。ここで生み出された電力は、大部分が東京電灯へ送電され、一部は発電所周辺の地域への配電に利用されました。

設立の背景と経緯

日本で初めて配電事業を開始した東京電灯は、需要拡大に伴い火力発電所を増設していましたが、明治後期には水力発電への転換を進めていました。山梨県の桂川に駒橋発電所などを建設し、長距離送電技術を確立しました。大正期に入ると、さらに大規模な電源開発を目指し、1916年（大正5年）には長野県から新潟県にかけて流れる信濃川（長野県では千曲川）流域での大規模発電所計画を立案し、水利権を出願しました。

しかし、この東京電灯の計画は、新潟県長岡市の実業家らが企画していた信濃川水利権を巡る計画と競合しました。特に、信濃川支流の中津川での発電を計画していた中津川水電株式会社（鈴木商店系）との間では水利権の競願が発生しました。両県は判断に苦慮しましたが、最終的には東京電灯と中津川水電の間で妥協が成立。東京電灯が出願を取り下げる代わりに、中津川水電側の出願人が東京電灯関係者に変更される形で水利権が一本化されました。この合意に基づき、1918年（大正7年）秋に信越電力株式会社の設立準備が進められ、翌1919年5月10日に東京市内で設立総会が開かれ、正式に会社が発足しました。資本金は3000万円で、その半分を東京電灯が出資しました。設立当初の役員には、東京電灯と中津川水電双方の関係者が名を連ね、初代社長には東京電灯社長の神戸挙一が就任しました。

中津川水系の発電所建設

会社設立から間もなく、信越電力は1919年10月に中津川水電を合併しました。これにより、中津川水電が有していた中津川の水利権と発電計画を引き継ぎ、信濃川本流開発に先立って中津川での発電所建設を優先的に進めることになります。

まず、中津川水電が工事用電源として着工していた発電所を引き継ぎ、これを改良して1921年（大正10年）5月に中津川補助発電所（後の中津川第三発電所、出力860キロワット）として完成させました。この発電所からの電力は、同年8月から地元津南地域を中心とする周辺地域への配電にも利用されました。

続いて、1921年6月には下流側に中津川第二発電所（出力1万8000キロワット）の建設に着手し、1922年（大正11年）末に完成、翌1923年（大正12年）12月より東京電灯への送電を開始しました。さらに、1922年8月には上流側に中津川第一発電所（出力3万8950キロワット）が着工され、1924年（大正13年）9月に竣工、同年10月に運転を開始しました。これら中津川第一・第二発電所で発生した電力は、主に東京電灯への供給に用いられました。

東京電灯への送電網

信越電力の中津川発電所から東京電灯へ電力を送るため、東京電灯によって大規模な送電網が整備されました。中津川第二発電所には東京電灯の変電所（中津川第二変電所）が併設され、ここを起点とする送電線「上越線」が東京方面（亀戸変電所）まで建設されました。この上越線は全長197.8キロメートル、送電電圧154キロボルトという当時としては高電圧の長距離送電線で、1924年4月に全線が開通しました。中津川第一発電所からの電力も支線（穴藤支線）を経て上越線に合流しました。また、中津川第二変電所からは長岡方面への送電線「長岡線」（66キロボルト）も伸びており、地元電力会社への供給に利用されました。

信濃川本流開発計画の難航

本来の目的であった信濃川本流での大規模発電所建設は、水利権獲得後も測量などは進められましたが、下流側で発電所建設を計画していた鉄道省との調整に時間を要し、なかなか着工に至りませんでした。1926年（大正15年）6月に鉄道省との協定が成立し、ようやく工事施行認可が下りました。

建設には巨額の費用が見込まれましたが、当時の信越電力はすでに資本金を全額払い込んでおり、新たな資金調達が必要でした。増資や社債発行が検討され、1927年（昭和2年）12月には日本の電力会社としては珍しく米ドル建ての社債を発行し、資金の一部に充当しました。

この頃、経営陣にも変化がありました。1926年12月には、東京電灯副社長であった若尾璋八が信越電力の第2代社長に就任しています。また、東京電灯の組織再編に伴い、信越電力の親会社が一時的に持株会社の東電証券へと変更されました。

東京発電への改称と解散

1920年代後半に入ると、親会社である東京電灯は、購入電力が経営の重荷となりつつあったことから、子会社の発電会社を合同させることで経費削減を図る方針を打ち出します。信越電力はこの方針に従い、東京電灯傘下の東北電力株式会社と、三井財閥系の関東水電株式会社の2社を合併することになります。合併契約は1928年（昭和3年）7月に締結され、同年12月1日付で両社を吸収合併しました。東北電力は福島県を流れる只見川の開発を目的として設立され、福島県内で配電事業を行っていましたが、大規模開発には着手していませんでした。関東水電は埼玉県で荒川上流での発電事業と化学工業（カーバイド、石灰窒素製造）を営む一方、只見川源流にあたる尾瀬地域の水利権を持っていました。

合併後の1928年12月24日、信越電力は社名を東京発電株式会社へと変更しました。資本金は6830万円となりました。東京発電時代には、旧東北電力が計画していた只見川上流部での水利権も取得しましたが、大規模な開発計画は、信濃川発電所を先行させ、その後に着手するという方針でした。

しかし、親会社である東京電灯は昭和恐慌下で経営状況が悪化し、緊縮政策の一環として子会社整理を進めます。東京発電もその対象となり、1930年（昭和5年）12月、東京電灯との合併契約が締結されました。この合併条件は、東京発電側の業績低迷もあり、東京発電の株式2株（または8株）に対して東京電灯の株式1株を交付するという、東京発電側には不利なものでした。合併は翌1931年（昭和6年）4月1日に実行され、同年6月25日をもって東京発電はその歴史に幕を閉じ、東京電灯に吸収合併されました。

開発計画とその後の設備

東京電灯は東京発電の合併により、信濃川発電所や只見川の水利権を引き継ぎました。信濃川発電所については、恐慌の影響で一時着工が遅れたものの、その後の電力需要増加を受けて1936年（昭和11年）に工事が本格化し、1939年（昭和14年）11月に運転を開始しました。最終的に1940年（昭和15年）11月に当時日本最大級の発電所として竣工しています。

一方、只見川の開発計画は、日中戦争下の電力国家管理政策の影響を受け、1939年（昭和14年）の日本発送電株式会社設立により大規模発電所の開発が国の管理下に移されたため、東京電灯の手で着手されることなく実質的に無効化されてしまいました。

太平洋戦争後の電気事業再編成を経て、旧信越電力・東京発電が所有していた設備の一部は新たな電力会社へ引き継がれました。中津川の3発電所と荒川の栃本発電所は東京電力へ、福島県内の滝谷川発電所や一部の供給区域は東北電力へ継承されています。また、旧関東水電の化学工業工場は、事業内容を変えながらも現在のレゾナック秩父事業所として存続しています。

東京発電が運転した発電所は、中津川第一（38,950kW）、中津川第二（18,000kW）、中津川第三（860kW）、滝谷川（445kW）、栃本（4,020kW）の計5か所でした。これらの設備は、戦後の電力再編成を経て、現在も一部が電力供給に利用されています。また、東京発電の供給区域は新潟・長野両県および福島県の一部に及びましたが、東京電灯への合併後、これらの区域は他の電力会社へ譲渡され、東京電灯の直接の管轄からは離れていきました。

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