倭彦命

倭彦命：殉死の禁令と古代葬制の謎

倭彦命（やまとひこのみこと）は、古代日本の皇族であり、第10代崇神天皇の皇子にして、第11代垂仁天皇の同母弟にあたります。正確な誕生年は不明ですが、『日本書紀』によると垂仁天皇28年10月5日に崩御したと記されています。『日本書紀』では「倭彦命」、そして『古事記』では「倭日子命」と表記され、他の文献では「倭彦王子」と呼ばれることもあります。しかし、記紀いずれにも具体的な事績や子孫に関する記述はなく、注目すべきは崩御と葬儀に関する記述のみです。

記録に残る壮絶な最期と殉死の禁令

『日本書紀』と『古事記』は、倭彦命の死を詳細に伝えています。崇神天皇と皇后・御間城姫との間に生まれた皇子であり、同母兄には垂仁天皇がいます。崩御後、11月2日に「身狭桃花鳥坂（むさのつきさか）」に葬られたとされます。しかし、この葬儀は異例のものでした。近習たちが墓に生き埋めとなり、数日間も呻き苦しんだのちに息絶え、その後は犬や鳥が死体を漁るという悲惨な状況が記されています。これは『日本書紀』に記される、唯一の殉葬の記録です。この出来事を哀れんだ垂仁天皇は、殉死の慣習を禁じる詔を発布したと伝えられています。

『古事記』も倭彦命の葬儀において殉葬者があったことを記しており、『続日本紀』にも同様の記述が見られます。これらの記録は、古代における殉死という残酷な慣習と、それを否定する天皇の決断を伝える重要な史料となっています。倭彦命の死は、単なる個人の生涯の終焉ではなく、古代日本の葬送儀礼や社会構造を考える上で重要な転換点となったと言えるでしょう。

墓と考証：桝山古墳と歴史的議論

倭彦命の墓は、宮内庁により奈良県橿原市鳥屋町にある身狭桃花鳥坂墓（桝山古墳）に治定されています。しかし、この治定自体、歴史的な議論の的となっています。考古学的調査や文献資料の解釈によって、異論も存在します。江戸時代には、別の場所を倭彦命の墓とする説もありました。『日本書紀』には身狭桃花鳥坂への埋葬が記されているものの、『延喜式』諸陵寮には記載がありません。明治時代に現在の墓地に治定され、神社の移転なども行われましたが、現在ではその正確性について慎重な見解が示されているのです。

殉死と埴輪：古代社会を読み解く鍵

倭彦命の葬儀に関する記述は、古代日本の殉死習俗を知る上で重要な手がかりとなります。『日本書紀』では殉死を「古風」と表現する一方、『古事記』では「始めて陵に人垣を立てき」と表現し、表現に違いが見られます。倭彦命の死と殉死の禁止令は、古代日本の社会構造や思想の変化を反映していると言えるでしょう。また、倭彦命の墓に関する記述は、人物埴輪や形象埴輪の起源譚とも関連付けられています。『日本書紀』の記述は、埴輪全般ではなく、人物や形象を表す埴輪の起源に言及している点に注意が必要です。考古学的には、円筒埴輪は弥生時代から存在するのに対し、人物埴輪や形象埴輪は古墳時代中期以降に現れるためです。

倭彦命に関する記述は断片的ですが、古代日本の皇族の生活、葬儀、そして社会の変化を理解する上で非常に重要な情報源となっています。今後の研究によって、より詳細な事実解明が期待されます。 謎に包まれた倭彦命の生涯と死は、日本の古代史研究において、今後も重要なテーマであり続けるでしょう。

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