先天性欲情魔

映画『先天性欲情魔』とは

1969年に公開されたアルゼンチンのセクスプロイテーション映画、『先天性欲情魔』は、原題をスペイン語で「Fuego」（火）といい、情欲の炎に身を焦がす一人の女性の悲劇的な生涯を描いています。この作品は、アルマンド・ボーが脚本、製作、そして監督を務め、彼の公私にわたるパートナーであったイザベル・サルリが主演を務めました。1959年から1980年にかけて、ボーとサルリのコンビは数多くのエロティックな要素を含む作品を世に送り出しており、本作もその代表的な一つと位置づけられています。

あらすじ：抑えきれない情欲と破滅への道

物語は、裕福な若い女性ラウラの日常から始まります。彼女は、自分に密かに想いを寄せるメイド兼秘書のアンドレアを伴って、邸宅近くの湖で水浴びをしていました。偶然その様子を目にした大金持ちのカルロスは、水中のラウラの姿と、アンドレアが彼女の足を優しくなでる光景に心を奪われ、激しい恋に落ちます。ラウラは、アンドレアを理解者として頼りにしていますが、内面に抱える抑えきれない情欲（まさに原題の「火」）に常に苦悩しており、それを鎮めるための男性を求め続けていました。

社交界のパーティでラウラはカルロスと二人きりになる機会を得ます。熱烈に求婚するカルロスの情熱に惹かれつつも、彼女は自身の飽くことのない性への衝動を告白し、他の男性との関係を断ち切れない可能性を警告します。それでもラウラへの愛を貫くカルロスと婚約した後も、ラウラは欲望を満たすための相手を選び続けます。

結婚後もラウラの行動はエスカレートします。全身を覆う毛皮のコートを着て街を歩き、自分を見つめる男性たちに突然コートをはだけて胸を見せつけ、追ってきた男性と立ち去るのです。ある日、カルロスはベッドで別の男性と一緒にいるラウラを発見します。ラウラが「性的神経症」ともいうべき、常に性的な興奮状態にある病を抱えていることを知ったカルロスは、妻を救うためにニューヨークの精神科医に診せることを決意します。

しかし、ニューヨークでも、カルロスが仕事に出ている間にラウラは街中の男たちを魅了します。摩天楼の屋上から眼下を見下ろしながら、ラウラは自身の状態から逃れるには死しかないのではないかと考え始めます。アルゼンチンに戻った後も、ラウラの自制心は崩壊し、夫を裏切る行為を繰り返します。行為の後には罪悪感に苛まれ、カルロスに自分を殺してほしいと懇願します。一度は銃口を向けたカルロスでしたが、愛する妻を撃つことはできず、不貞の妻でも構わないから側にいてほしいと抱きしめます。

しかし、ラウラは結局自分自身を許すことができず、湖に身を投げて自殺してしまいます。一人残されたカルロスは、ラウラの墓を訪れて悲嘆に暮れます。そこにラウラが幽霊として現れ、「本当に愛したのはあなただけ」と告げて消え去ります。物語は、絶望したカルロスが拳銃で自らの命を絶つという、悲劇的なラストで幕を閉じます。

製作と公開を巡る背景

本作は1968年から1969年にかけて、アルゼンチンのパタゴニア地方にあるサン・マルティン・デ・ロス・アンデスと、ニューヨーク市で撮影されました。この時期は、アルマンド・ボーとイザベル・サルリの作品が、より性的な描写を大胆にする傾向が強まっていた頃にあたります。コロンビアの検閲当局からは、ボーに対して映画のセックスシーンの箇所数について問い合わせがあったことも記録されています。

アルゼンチンでは当時、軍事独裁政権下で新たな検閲規則が施行されており、『先天性欲情魔』はその規則によって上映が禁止された最初のアルゼンチン映画の一つとなりました。著名な配給業者ハイメ・カブーリの助言を受け、ボーとサルリは映画のネガをニューヨーク市に持ち込みます。そこで15万ドルを投じた大規模な宣伝キャンペーンを展開し、1969年10月10日に無事公開に至りました。

評価と後世への影響

公開当時、アメリカ合衆国の映画評論家ロジャー・グリーンスパンはニューヨーク・タイムズ紙に肯定的なレビューを寄稿し、「イザベル・サルリは、我々のほとんどが通常の性行為で一生の間に経験できるよりも多くの性的なスリルを、息を吸って吐き出すまでの間に詰め込んでいる」と、サルリの演技と作品の持つエネルギーを称賛しました。アルゼンチンのクラリン紙の評論家J.C.F.は、ラウラの破滅を避けられない運命と自己浄化として捉え、湖での自殺と幽霊の登場、そしてカルロスの自殺に至る結末を、エミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』のヒースクリフとキャシーになぞらえて評しています。

『先天性欲情魔』は、現在では「アルゼンチン映画史におけるマイルストーン」の一つであり、イザベル・サルリのキャリアにおける「エロティシズムの頂点」と見なされています。また、作中におけるラウラとメイドのアンドレアの関係性は、アルゼンチン映画における初期のレズビアン表現として注目されています。

特に本作を熱狂的に支持していることで知られるのが、アメリカの映画監督ジョン・ウォーターズです。彼は『先天性欲情魔』をお気に入りの映画の一つに挙げており、自身がニューヨークのグラインドハウスでサルリの映画を見て魅了された経験を語っています。ウォーターズは、2002年のメリーランド映画祭で本作を年次選定作品として紹介したほか、2006年には自身がホストを務めるHere TVのシリーズ『John Waters Presents Movies That Will Corrupt You』（ジョン・ウォーターズが贈るあなたを堕落させる映画）でも取り上げ、「同性愛者が驚嘆するヘテロ映画」と独特の表現で本作を称賛しました。そして2018年、ブエノスアイレスで開催されたBAFICI映画祭にて、ウォーターズはついにサルリ本人との対面を果たし、彼女の業績を称える賞を授与するとともに、ビデオインタビューを行いました。このように、『先天性欲情魔』は、その衝撃的な内容と悲劇性、そしてカルト的な人気によって、今なお語り継がれる映画史上の特異点であり続けています。

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