先笄

先笄

先笄（さっこ、さきこうがい）は、主に江戸時代後期から明治時代の末頃にかけて、上方を中心とした西日本、特に町家の若い既婚女性の間で広く結われていた、日本における伝統的な女性の髪形の一つです。

江戸時代の風俗百科事典である喜田川守貞著『守貞謾稿』には、当時の髪形に関する興味深い記述が見られます。それによると、現在の愛知県岡崎市内にあった特定の村において、既婚女性が結う髪形が地域によって二分されていたことが記されています。村の西部と東部では「先笄」あるいは「両輪」という髷が結われていた一方、別の地域では「丸髷」が主流であったとされています。これは、当時の髪形が地域文化や慣習と深く結びついていたことを示す一例と言えるでしょう。

結い方と特徴

先笄は、髷を結う際に「笄（こうがい）」という棒状の髪飾りが不可欠であることから、「笄髷」と呼ばれる髪形の一種に分類されます。その基本的な結い方は以下の通りです。

1. まず、後頭部で髪全体を一つにまとめます。
2. まとめた毛束を根元から一度折り返します。
3. 折り返した毛束の一部を笄に交差させて巻き付けます。
4. 巻き付けた毛束を再び髷の根元に向けて折り返し、これを髷の上部を縦断するような形で配置します。この毛束は特に「さばき橋」と呼ばれ、先笄の特徴的な要素の一つとなっています。

髪飾り

先笄を結う際には、様々な髪飾りが用いられました。髷の根元には「手絡（てがら）」という布や紙を巻くのが一般的でした。また、一揃いの櫛や、結い方に用いる笄に加え、「簪（かんざし）」として「前挿し」、「根挿し」、「いち留」などが挿されました。現代において先笄を結う舞妓の場合は、これらの髪飾りを鼈甲（べっこう）で統一し、さらに季節に応じた華やかな「花簪（はなかんざし）」を挿すのが習わしとなっています。

現代の先笄

一般的には明治末期頃まで結われていた先笄ですが、現代でもその姿を見ることができます。京都の舞妓が「衿替え（えりかえ）」、すなわち舞妓から芸妓になる直前に行う挨拶回りの際に、特別な髪形として先笄を結びます。ただし、この現代の舞妓が結う先笄は、かつて町家の女性が結っていた伝統的な形とはわずかに異なっていると言われています。

類似する髷

先笄には、結い方や見た目が似ている他の伝統的な髪形がいくつか存在します。

粋書髷（すいしょまげ）：この髷は、基本的な結い方において先笄と共通する部分が多いとされます。しかし、先笄が結んだ輪をやや縦長にする傾向があるのに対し、粋書髷では輪を水平に整え、より「島田髷（しまだまげ）」に近い形に仕上げられます。また、先笄の特徴である「さばき橋」がない点も大きな違いです。粋書髷は主に京都の二十代前半頃の女性に好んで結ばれていました。
両輪髷（りょうわまげ）：同じく上方を中心とした西日本の既婚女性に多く結われていた髷で、先笄と同様に笄を用いる「笄髷」の一種です。「勝山髷（かつやままげ）」風の華やかな印象を持ち、見た目も先笄と非常によく似ています。しかし、先笄が髷の根元を上に持ち上げるように結ぶのに対し、両輪髷は根元を逆に下に折り曲げるという明確な特徴があります。

これらの類似した髷との比較から、先笄が持つ独特の結い方や形、そして結われていた人々や時代背景をより深く理解することができます。

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参考文献：

喜田川 守貞 著、朝倉治彦、柏川修一 校訂編集 編『守貞謾稿』 巻之一～八、東京堂出版、1992年9月（原著1800年代）

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