兎の眼

灰谷健次郎の感動作『兎の眼』

『兎の眼』（うさぎのめ）は、日本の作家、灰谷健次郎（はいたにけんじろう）による長編小説、およびそれを原作とした映像作品です。時折「兎の目」と誤記されることがありますが、正式な表記は「兎の眼」となります。作者自身の教師としての経験が色濃く反映されたこの作品は、教育現場で起こりうる様々な問題や人間の多様性を描き出し、多くの読者に深い感動と示唆を与えてきました。

作品概要

物語の主な舞台は、ゴミ焼却場、正確には廃棄物処理場が立地する町にある小学校です。この学校に、大学を卒業したばかりの若き女性教師、小谷芙美（こたに ふみ）先生が赴任してきます。22歳の彼女は、教壇に立ったばかりの不安と期待を胸に、受け持った1年生のクラスで教育者としての第一歩を踏み出します。しかし、そのクラスには、他の児童とは異なり、まるで石のように心を閉ざし、ほとんど言葉を発しない一人の少年がいました。彼は、処理場で働く家庭の子であることから「処理所の子」と呼ばれている鉄三（てつぞう）です。

鉄三に対する指導に悩み、戸惑う小谷先生。そんな彼女に助言を与えるのが、「教員ヤクザ」というあだ名を持つ同僚教師、足立先生です。足立先生は、小谷先生が鉄三の中に眠る「タカラモノ」、つまり彼が大切にしている才能や興味を見過ごしているのではないかと示唆します。実際に鉄三は、周囲には理解されにくいものの、特にハエの生態については並々ならぬ知識と関心を持っていました。

作品は、鉄三をはじめとする、それぞれに複雑な家庭環境や背景を持つ個性豊かな小学生たち、そして過去に深い傷を負った老人であるバクじいさんなど、多様な子供たちや大人たちとの出会いを通して、小谷先生が困難に立ち向かい、彼らと共に成長していく姿を中心に描いています。教育の理想と現実、社会の中で周縁化されがちな存在への眼差し、そして他者を理解することの難しさと、それでもなお向き合おうとする人間の営みが、自らも小学校教師であった灰谷健次郎の温かくも力強い筆致によって、生き生きと描き出されています。

書誌情報

本作は、最初に1974年に理論社から単行本として刊行されて以来、様々な出版社から版を重ねています。主要な刊行情報を以下に示します。

1974年：理論社より刊行（初刊）
1980年：「理論社の大長編シリーズ」として再刊
1988年：「日本の児童文学名作版」として再刊
1996年：「理論社の文芸書版」として新装版を刊行
1983年：フォア文庫より文庫版刊行
2004年：「フォア文庫愛蔵版」として再刊
1984年：新潮社より新潮文庫版刊行
1998年：角川書店より角川文庫版刊行

映像化作品

小説は高い評価を受け、テレビドラマと映画の二度にわたって映像化されています。

テレビドラマ

放送年: 1976年
シリーズ: NHK『少年ドラマシリーズ』
主演: 金沢碧（小谷芙美役）
制作: NHK名古屋
特記事項: 残念ながら、当時のマスターテープが他の番組制作に再利用されたため、現在映像は現存していません。
主なスタッフ・キャスト:
脚本：岩間芳樹
音楽：熊谷賢一
小谷芙美：金沢碧
バク爺さん：加藤嘉
足立先生：草野大悟

映画

公開年: 1979年
主演: 檀ふみ（小谷芙美役）
監督: 中山節夫
配給: 共同映画
DVD発売: 2005年
主なスタッフ・キャスト:
製作：福冨芳樹、五味久夫、時実象平
企画：坂斎小一郎
脚本：柳川創造、横田与志
音楽：山下毅雄
小谷芙美：檀ふみ
足立先生：新克利
バク爺さん：下條正巳
徳治の父：常田富士男
校長：溝田繁
高木教頭：北見唯一
折橋先生：矢吹二朗

『兎の眼』は、教育の現場で起こる人間ドラマを通して、社会の片隅に追いやられがちな子供たちに光を当て、他者との関わりの大切さや人間的な成長の尊さを問いかける、色褪せない児童文学の傑作です。

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