全ての教皇に関する預言

『全ての教皇に関する預言』(Vaticinia de Summis Pontificibus) は、15世紀初頭のヨーロッパに現れた予言書で、『教皇預言書』や『教皇図』とも呼ばれます。ニコラウス3世（1277年 - 1280年在位）から始まる歴代ローマ教皇を予言したとされる内容で、30組の挿絵と文章から構成されています。

中世から近世にかけては、フィオーレのヨアキムの著書として広く知られていましたが、現在では擬ヨアキム文書の一種とされています。

起源

現在知られている『全ての教皇に関する預言』は、元々別々の作品だった『諸悪の端緒』と『禿頭よ登れ』を組み合わせたものです。

諸悪の端緒

『諸悪の端緒』(Genus nequam) は、14世紀初頭に成立した予言的な写本で、ニコラウス3世を暗示する絵から始まる15組（異説あり）の予言で構成されています。各予言は見出し、図版、文章の組み合わせで成り立っており、一種のエンブレム・ブックのような形式です。写本には表題がなく、冒頭の句である「諸悪の端緒」で呼ばれています。

この書は、ビザンティン帝国で作成されたギリシャ語の予言書『レオの神託』の焼き直しであるという指摘があります。『レオの神託』は、過去の東ローマ皇帝たちの的中例、来たるべき変動、そして世を救う皇帝の出現を描いたものです。

『諸悪の端緒』は、1304年頃にフランシスコ会士、特にヨアキム主義の影響を受けたアンジェロ・クラレーノを中心とするグループによって作成されたと考えられています。当時はベネディクトゥス11世（1303年 - 1304年在位）までの教皇が示され、残りの8枚は未来のものとされました。最後の数枚には天使教皇が描かれており、作成者たちの終末観が反映されています。

政治的な思惑が背景にあったとする説もあり、オルシーニ家出身のニコラウス3世を貶めるため、政敵であるアンジュー家のシャルル1世が関与したとも言われています。ニコラウス3世に当てられた第1図にはクマが登場しますが、クマは教皇に関する予言ではオルシーニ家を指すことが多いです。

13世紀から14世紀にかけて作成された写本が複数現存しており、作成地はアヴィニョン、北フランス、イタリア、バイエルン、イギリスなどが推測されています。

禿頭よ登れ

『禿頭よ登れ』(Ascende calve) は、1350年頃に『諸悪の端緒』の手法を模倣して作成された予言書です。この奇妙な題名は旧約聖書「列王記・下」に由来します。絵や文章の内容は異なりますが、ニコラウス3世を暗示する絵から始まる15組の挿絵と文章で構成されている点は『諸悪の端緒』と同様です。作成時期の違いから、『禿頭よ登れ』では未来に属する予言は5組となっています。

作成者は、アンジェロ・クラレーノに連なるフランシスコ会派の異端的な分派フラティチェッリの構成員と推測されています。彼らは教皇庁に強い敵対心を抱き、反キリストの到来を予見していました。天使教皇の到来で締めくくられていた『諸悪の端緒』とは異なり、15枚目には人の頭と竜のような体を持つ「獣」が描かれています。

成立

『全ての教皇に関する預言』が成立したのは1415年頃で、コンスタンツ公会議（1414年 - 1418年）の時期とほぼ一致します。内容は『禿頭よ登れ』の15枚の後に『諸悪の端緒』の15枚を繋げたものです。合本の結果、『諸悪の端緒』の第1図は16番目に置かれ、ボニファティウス9世を指すものとして再定義されました。これにより、未来の情景が増えることになりました。

『全ての教皇に関する預言』では、第20図「鎌を持った僧侶」（対立教皇ヨハネス23世に対応）までが実際の教皇に当てはめられ、残りの10枚は未来のものとされました。また、『諸悪の端緒』が後半となったことで、締めくくりの預言は人面竜身の獣ではなく天使教皇が占めることになりました。

後世になると、図版の解釈のみが先行し、当初の対応関係から外れた解釈も見られるようになりました。

反響

この予言書は多くの写本が作られ、現存が確認されているだけでも79点あります。印刷技術が普及すると多くの印刷版が作られ、16世紀には解釈を加えた文献も多く登場しました。特に「鎌を持った僧侶」はマルティン・ルターの出現を予言した図として解釈されることがありました。

カトリック側からは、ニコラウス3世から始まる伝統的な読み方を守り、既に30の予言で示された教皇は出尽くしており、未来の予言としては意味をなさなくなっていると反論されました。

また、『ミラビリス・リベル』では文章のみが再録され、挿絵は省かれました。モンテーニュは『エセー』の中で『全ての教皇に関する預言』に触れ、懐疑的な見解を示しています。

このように、『全ての教皇に関する預言』は写本・印刷版が多く作成され、16世紀の予言的言説に影響を与えましたが、必ずしも好意的な態度ばかりではなかったようです。

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