八重姫 (伊東祐親の娘)

八重姫：謎に包まれた頼朝の最初の妻

八重姫は、平安時代末期に伊豆国伊東庄（現在の静岡県伊東市）で活躍したとされる女性です。彼女は伊東祐親という有力豪族の三女であり、源頼朝の最初の妻であったとされています。頼朝との間に生まれた最初の子供、千鶴御前（千鶴丸）の母でもあります。

しかし、八重姫に関する情報は、歴史書ではなく、主に物語類からのみ得られます。『延慶本平家物語』『源平盛衰記』『源平闘諍録』『曽我物語』といった作品には八重姫が登場しますが、同時代の史料や『吾妻鏡』など後世の歴史書にはその名は記されていません。さらに、これらの物語でも彼女の名前は明記されておらず、「八重姫」という呼び名は室町時代後期から江戸時代にかけて生まれた在地伝承と考えられています。文献に初めて登場するのは江戸時代末期の『豆州誌稿』です。また、『東奥軍記』『和賀一揆次第』といった作品では「万功御前」という名前で登場します。このように、史料の不足から、八重姫の実像は謎に包まれています。

物語類による八重姫像

『曽我物語』によれば、14歳で伊豆に流罪となった頼朝は、祐親が不在の間に祐親の三女である八重姫と関係を持ちます。そして、千鶴御前が誕生します。しかし、祐親が京から帰還すると激怒し、千鶴御前は殺害され、八重姫は別の男性に嫁がせられます。その後、八重姫は頼朝のいる北条館を訪れたものの、頼朝が北条政子と恋仲になったことを知り、真珠ヶ淵で入水自殺したとされています。この物語は、フィクションを含む可能性が高く、史実とは異なる部分も多いと考えられます。

他の物語類では、八重姫が江間の小四郎と結婚した後、頼朝に呼び戻され、相馬師常と再婚したとされています。また、最誓寺（静岡県伊東市音無町）の伝承では、北条氏と縁を結んだと伝えられています。このように、八重姫のその後についても複数の説があり、どれが真実であるかは不明です。

史料からの検証

頼朝と伊東祐親の間には、確かな確執があったことが『吾妻鏡』から確認できます。同書には、安元元年（1175年）に祐親が頼朝を殺害しようとしたが、祐親の次男・祐清の密告により未遂に終わったこと、そして、挙兵後の頼朝によって捕らえられた祐親が自害したことが記されています。このことから、頼朝と祐親の間には深い確執があったことは事実でしょう。しかし、八重姫がその確執にどのように関わっていたのか、史料からは直接的に読み取ることはできません。

研究者の見解

八重姫の存在や生涯については、現在も様々な研究が続けられています。保立道久氏は、頼朝と八重姫の結婚は祐親の意向であったものの、頼朝が北条時政の娘である政子とも関係を持ったことに祐親が激怒し、頼朝襲撃事件につながったと推測しています。また、坂井孝一氏は、八重姫が頼朝の御所で働き、北条義時と再婚して北条泰時を産んだという仮説を提示していますが、渡邊大門氏は史料的裏付けがないとして、この説に懐疑的な見解を示しています。

八重姫と関連する場所

伊豆の国市中条には八重姫を祀った真珠院があり、伊東市音無町には頼朝と八重姫の逢瀬を重ねたという音無の森の音無神社、八重姫が千鶴丸を祀ったとされる最誓寺などがあります。これらの場所が、八重姫に関する伝承を現在に伝えています。

まとめ

八重姫は、史料が少なく、その実像が不明な人物です。様々な物語や伝承によって異なる姿が描かれており、歴史的事実とフィクションの区別が難しい点も、研究を困難にしています。しかし、彼女に関する様々な伝承や関連場所が存在することは、人々の記憶の中に八重姫が深く刻まれていることを示していると言えるでしょう。今後の研究によって、八重姫の謎が解き明かされることを期待したいです。

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